『黄金の心臓を探して』(夢魔編)

         <三.再会したはいいけれど……>

 「珍しいな、アメリアがたった一匹のレッサー・デーモンにてこずるとは」
 アメリアは信じられない気持ちで、自分を炎から吸い出した人物を見つめた。
 ゼルガディス。しかも彼は一人ではなかった。
 「これでもう大丈夫。消火は済んだわ」
 リナが森から意気揚揚と引き上げてくる。ガウリイも一緒だ。
 キアッシュの魔道士協会でくだんの魔道書を閲覧し、内容を検討したリナは、
これからハンズィへ向かうことにして街道を戻って来たのだ。ガウリイは彼女に
ついて来るのは当たり前だったし、ゼルガディスはとりあえず目的が無いので街
道が分かれる辻までは同行する、ということで一緒にいたのだが。
 その辻が近くなったところで、ガウリイがレッサー・デーモンの気配に気づいた。
しかも、そいつが攻撃体勢に入っていることも。
 誰かが襲われている。
 リナはアメリアのような正義感は持っていないが、好きなだけ攻撃呪文を使え
るシチュエーションは逃さない。脱兎のごとく駆け出し、ガウリイとゼルガディスも
後を追った。そして、レッサー・デーモンが森へ逃げ込む人影目掛け、炎の矢(フ
レア・アロー)を放ったところに駆けつけたのである。
  リナは呪文でデーモンを撃退し、ゼルガディスは風の結界を張って炎を突っ切
り、火に巻かれていた人間を救い出した。それがアメリアだと気づいたのは、燃
える森から脱出した後である。
 「やっ、アメリア。奇遇ね、こんなところで会うなんて〜(るん)」
 「あ、助けてくれて、ありがとう」
 挨拶に、少し気落ちしたような表情で答えるアメリアを見て、リナはふと違和
感を感じた。様子がおかしい……
 「あ……あの〜?リナさん?」
 どアップで迫られて、アメリアが引きつる。
 リナはふいとアメリアから視線をあたりに走らせる。何か特定のものを見るの
ではなく、周りの様子を確かめているようだ。やがて再び視線を戻し。
 「アメリア、あなた、お忍びの旅の途中ね?」
 「あ、は、はい……」
 「……アメリア、悪いことは言わないわ。この旅はここまでにしてセイルーンに
戻りなさい」
 『はあ?』
 突然のリナの申し出に、声をハモらせたのはアメリアとゼルガディスだ。ふだ
んならツッコミを入れてからかうリナが、この時は黙ってアメリアを指差す。
 「アメリア、ちょっと飛んでごらん?」
 ぎくっ!言われた姫は硬直する。どうして呪文を使えないことがバレた?
 「どういうことだ、リナ?それにアメリアもなんて顔をしているんだ?」
 気遣う口調ながら、アメリアが一番されたくない質問を飛ばしたのはゼルガデ
ィス。ガウリイはさっきから黙ってニコニコしているだけ。
 「だから、アメリアは今、魔法を使えないなんじゃないか、って言いたいの。
さもなくば、レッサー・デーモン一匹にてこずる彼女じゃないでしょう?」
 リナの言葉に、ゼルガディスはうろたえたようにアメリアを見つめ、慌てて視
線をはずすと、やや照れた口調でぼそりとつぶやいた。
 「あ……そうか、『あの日』か」
 「ち・が・い・ま・す!」
 アメリアは絶叫しながら、ゼルガディスをはたきのめしていた。

 「で?なんで俺がアメリアをセイルーンまで送り届けなきゃならんのだ?」
 「だって、あたしとガウリイはハンズィへ行く、っていう目的があるから。あな
たはとりあえずどこかへ行く、っていう目的は無いんでしょう?」
 「勝手に城を出て来たのはアメリアだ。一人で来たんだから、一人で帰せばいい」
 「あのねぇ、アメリアは魔法が使えないのよ?これまでは街道を縄張りにしてい
る悪党どもも気づいていなかったでしょうけれど、アメリア姫がお忍びの旅に出
たことはいずれ漏れ伝わるわ。供も連れずに旅をしているお姫様、と聞けば連中、
きっと乗り出してくる。その時、魔法が使えない彼女には護衛が必要よ」
 「しかし、使えないのは一日、二日だろう?」
 リナは首を横に振る。
 「ちっちっち。ダメねぇ、ゼル。アメリアがさっき言ったでしょう?『あの日』じゃ
ない、って。だからあと何日かすれば魔力が戻る、という保証があるものじゃ
ないわよ、彼女の状態は」
 ゼルガディスはいぶかしげにアメリアを見つめた。アメリアは顔を赤らめ、縮
こまっている。
 「前に魔族の術で魔力を奪われたことがあったよな、アメリア?またそういうも
のか?」
 ゼルガディスの質問に、アメリアはぶんぶんと首を横に振る。
 「じゃあ、原因は……?」
 アメリアはまたも首を横に振った。
 「原因うんぬんを今ここで言っていても始まらないわよ。とにかく、いつまた魔
法が使えるようになるか分からないから、一刻も早くセイルーンに連れ戻してや
って」
 「だから、なんで俺なんだ!俺にだってやることが……って、おいこら!」
 「うん?」
 「何で呪文を唱えている!?」
 「いや〜、いい加減聞き分けのないことをくどくど言うなら、一発懲らしめてや
ろうかと……」
 「懲らしめで竜破斬(ドラグ・スレイブ)なんぞ使うな〜!」

 結局、アメリアはゼルガディスに護衛されながら、セイルーンへと帰ることに
なった。
 まだ傷ついた心になんの解決もないまま、王宮に帰ることには抵抗があったが、
あのままリナたちについていったら、確実に足手まといだ。せめてゼルガディスが
同行してくれることに感謝して、街道をとぼとぼと歩いていた。
 「ゼルガディスさん……」
 「何だ?」
 「あの……あのですね。わたしが魔法を使えないっていうのはですね、精神統一
の集中力を欠いているってことなんです」
 「…………?」
 先を歩いていたゼルガディスがアメリアを振り返る。その顔には、わけが分から
ない、という表情が表れていたが、それはさらに詳しい説明を求める意味ではなく
いきなりそんな話を始めたアメリアを理解できなかったのだ。
 アメリアは話し始めた手前、さらに釈明する。
 「ですから!あの日に限らず、精神的な力が落ちている日や集中力のない日は、
魔法が使えないものなんです」
 「…………(あまり聞いてない)」
 「ほら、『何とかの宅急便』っていう映画にもあったじゃないですか」
 「……(知るか)」
 「……聞かないんですか?何でそうなったのかって」
 「別に……誰だっていろいろあるんだろう」
  ぶっきらぼうな答えを返されて、アメリアは前を行く背中をまぶしく見つめた。
 自分で話題を振りながら、実際に「何でそうなった?」と尋ねられたら、どう答
えていいのか、いや、まともに答えられるかも分からない。ゼルガディスはアメ
リアのそういう状態を見越して、尋ねなかったような気がする。もし、まったく関
心がないのなら、何一つ返答はなかったはずだ。
 (こういう優しさもあるものなんだな……)
  突き放さず立ち入らず、ただそばに居てくれる……もちろん、これからずっと
そうなるわけはないし、アメリア自身、こうして思い悩む状態が長続きされても
困る。ただ今は、この静かな道連れがありがたい。
 ふと、いつも娘の身を気遣ってくれる父親を思い出す。もし自分の目の前に居
るのが父親だったら、『あの日』でもないのにアメリアが魔法が使えなくなったと
知れば、「いったいどうした!?」と大騒ぎをしたことだろう。たぶん、その騒ぎの
中で、彼女の心を悩ませている問題は無意味になり、彼女は立ち直ることが出
来る……今までのアメリアだったら。
  しかし、父親は「アメリアが男だったら」と、アメリアが女であることを残念が
っていた。女は月に一度の割りで魔法が使えなくなる。
 (まさか父さんは、女だと魔法が使えない日が来ることを指して、わたしが男だ
ったら、と言ったのかしら?だとしたら……魔法が使えなくなったわたしを、どうい
う目でみるかしら?)
 不安が募るときには、人間、最悪の事態に備えるために、本能的に最も悪い状
況を想定しがちである。アメリアは、自分がこのままセイルーンに戻った場合、
父親に「お前は役に立たない」と宣言されることまで考えた。
 「?」
 急に黙りこくったアメリアを、ゼルガディスは何気なく振り返り、一瞬、目を
疑った。フィブリゾの冥王宮でさまよっていた時でさえ、見せたことのない重く
暗い雰囲気が、彼女にまとわりついている。ある意味で信じられない姿だった。
 「暗い……」
 思わず漏らしたつぶやきを、アメリアは聞き逃さなかった。
 たちまちキッと顔を上げ、
「ゼルガティスさんにまで『暗い』って言われるなんて…私はもうお終いです!」
 そう叫んだかと思うと、こらえきれなくなった涙を見られるのが嫌で、ただや
みくもに街道を走り去る。ゼルガディスはその姿を見送りながら、しばし硬直し
ていたが、大きくため息をつくと後を追って駆け出した。
  アメリアの言葉に、ゼルガディスさんは暗い、という本音が飛び出したことに
やや傷ついたが、それだけ彼女は混乱しているのだろう。彼女を助けるため、と
いうより、彼女が周りに迷惑をかけて自分まで巻きこまれるのはごめんだ、とい
う意識で、トラブルの種の姫君を早く捕まえることに専念した。
 一度は駆け出したアメリアだったが、大分先で歩調を緩めいっそう暗いムード
を背負いながら歩いている。
 やれやれと思い、ゼルガディスが早く追いつこうと速度を上げた時、突然、ア
メリアが再びはじかれたように駆け出して行く。
 「ちっ!」
 事態を察してゼルガディスは舌打ちした。
 邪妖精(ブロウ・デーモン)の聴力を持つ彼の耳には、かなり先の悲鳴を聞き
分けている。それがアメリアの耳に届いたのだろう。彼女は助けを求める人間の
元へ向かったに違いない。
 しかし、魔法が使えない以上、下手にトラブルに首を突っ込めば危険だ。
 「翔封界(レイ・ウィング)!」
 ゼルガディスは風の結界をまとい、街道に沿って宙を疾走した。

 「罪無き旅人を苦しめる悪党!正義の裁きを受けなさい!」
 ゼルガディスがようやく追いつき、風の結界を解除した時、アメリアはちょうど
木の枝の上から、街道にたむろすいかにも「盗賊でござい」という風体の数人
の男どもを指差して口上を述べているところだった。
 いつものように、ポーズを決めて宙に身を躍らせ……
 どげしっ!
 アメリアはモロに頭から地面に突っ込んでいた。
 「大丈夫か!?」
 ゼルガディスがかけつける。
 それを見ていた盗賊たちは、いきなり現れて、攻撃してくるのか、と思った相
手が、木によじ登って好き勝手をほざき、あげくに自滅に近い転落を遂げてしま
い、リアクションに窮していた。
 しかし、今度現れたゼルガディスに、百戦錬磨の盗賊たちはいっせいに身構え
る。アメリアを気遣っていながら、物騒な輩に対し、いっさいの隙を見せていな
い。その程度のことは分かるくらいに、この盗賊たちは修羅場を経験していた。
 リーダーは剣を抜きながら一歩、アメリアたちに歩み寄る。この時、ゼルガデ
ィスは盗賊たちに完全に背を向け、アメリアと向かい合っていた。つまり、盗賊
たちは彼の顔を見ていなかった。
 「おい、そこの娘っ子。女のくせに好き放題言いやがって。少しは痛い目にあわ
せてやろうか?」
 こう言えば、連れの白ずくめの男を挑発することになるが、女をおびえさせれ
ば、男は女を気遣って動きがとれなくなるだろう。女を連れて逃げ出してくれれ
ばそれでいい。金目のものを持っているかもしれないが、それを狙ったのでは火
の中の宝石を掴むよりも危険な雰囲気がする。
 「そのような脅しに、このわたしの正義は……」
 ゆるぎません、と言おうとしたアメリアの喉がこわばった。近づいてくる大男と、
そいつが手に下げた剣が、どうしようもなく恐ろしい。彼女はあわてて、ゼルガデ
ィスの懐にすがりついた。
 「おい?」
 自分で盗賊を挑発しておいて、いざとなったら他力本願とは、ふだんのアメリ
アらしくない。まあ、魔法が使えない以上、しかたがないとゼルガディスも思うが、
自分で解決できないなら手出しをしなければいい、と苦々しく感じる。
 盗賊のリーダーは、もうすぐそこに来ている。
 「おい、あんちゃん。どうする?女の前でカッコいいところを見せるかい?それ
とも尻に帆かけて逃げるかい?」
 できれば逃げ出してくれ。リーダーはそう考えていた。
  しかし。
 「アメリア!俺におぶされ!」
 「は?……は、はいっ!」
 ゼルガディスはすばやく身をひるがえし、アメリアが背中にしがみつくと、そ
のまま片手でブロード・ソードを抜き、リーダーの懐に飛びこんで長剣を叩き落
し、その腕でみぞおちにひじ打ちを入れる。よろめく大男の身体を、盗賊たちに
向かって突き放し、よけようとした男のうち一人のこめかみを、ブロード・ソードの
柄頭で殴りつける。
 残りの連中が背後に回りこもうとすることは読めている。ゼルガディスはアメ
リアをおぶったまま、すばやく飛びのいて盗賊たちから距離をとった。
 「火炎球(ファイアー・ボール)!」
 手の間に生み出した光球を打ち出す。盗賊たちは突然の呪文に身動きが取れ
ない。
 「ブレイクっ!」
 ゼルガディスの合図で光球がはじけ、火花がむさ苦しい男どもに降り注ぐ。
たちまち連中は戦意を無くし、逃げ出して行った。
 街道には、ゼルガディスと彼におぶさったままのアメリア、そして最初に盗賊に
襲われていた学僧とおぼしき若い男が残された。
 その男を振り返り。ゼルガディスは舌打ちをした。
 急に駆け出したアメリアを追いかけるのに夢中で、顔を隠すのを忘れていた。
 突然現れて盗賊をやっつけ、助けてくれた相手ではあっても、青黒い肌が鈍く日
光を反射したり、銀色の金属の髪が風にさらさらと音を立てる姿に、普通の人間は
恐怖以外の何物も感じない。学僧は腰を抜かしたまま、おびえきった表情でゼル
ガディスを見上げている。
 ゼルガディスが手を背中に回してフードをたくしあげたので、アメリアは彼の背中
から降りた。その間、どちらも一言も口をきかない。
 アメリアが礼を言おうと、ゼルガディスの正面に回り込むと、冷たいまなざしにぶ
つかった。その視線は最初アメリアに、それから地面にへたり込む学僧に向けられ
最後に、街道の先に投げかけられた。
 アメリアは初めて、学僧がおびえていることに気がついたが、その原因を盗賊に
襲われたショックだと勘違いしていた。
 「もう大丈夫ですよ。盗賊たちは行っちゃいましたから。さあ、立って。近くの集落
まで送りましょう」
 アメリアが差し出した手を青ざめた顔で見つめていた学僧が、ついにこらえきれ
なくなった叫びを爆発させた。
 「ば、化け物だあ〜っ!」
 学僧ははじかれるように飛び上がると、ゼルガディスが見ているのとは反対の
方向へ脱兎のごとく走り去った。それを背中で聞いていた合成獣魔剣士は、あき
らめと、やるせなさと、どうしようもない怒りを抑え込むのに葛藤していた。
 思いも寄らない展開に、アメリアは戸惑いながらも、とにかくゼルガディスに助け
られた礼を言わなければ、と彼に歩み寄る。
 「あの……ゼルガディスさん」
 「……なんだ」
 一段と低い声が返ってきた。それでも無視されなかっただけマシか。
 「さっきは、助けてくれてありがとうございました」
 「……できればこの後、同じようなトラブルに首を突っ込まんでもらいたい。余計
なことに煩わされるのはご免こうむる」
 「そんな……困っている人を見捨てるなんてこと、できません!」
 さっき自分がてんで役立たずだったことはアメリアも自覚している。しかし、
自分の行く先を見失いかけている今、これまで信じてきた正義を振り捨てること
は、自分自身を否定するようでとうていできない。彼女は正義にすがるしか、自
分を支えるものが見つからないように感じていた。
 一方、ゼルガディスの心では、先ほどの化け物呼ばわりされたストレスがヘド
ロのように重苦しく溜まっている。アメリアに反駁されたことで、激情が抑えよう
もなく噴き出した。
 「それでトラブルに首を突っ込んで、結局、力で解決するのはめになったとき、
魔法を使えないあんたに何ができる!正義を標榜するのもいいがな、自分ででき
ないことに手を出すんじゃない!」
 つい言葉がきつくなる。心のどこかでアメリアに八つ当たりしていることを後ろ
めたく思っていたが、一度爆発した感情はなかなか収まりがつかない。
 「自分で戦うこともできないくせに、俺ばかり当てにされたんじゃいい迷惑だ!
確かに俺は護衛役だが、あんたの臣下じゃない!自分勝手に人をこき使うな!」
 「ゼルガディスさんこそ、この世の悪を見逃すんですか!」
 「俺には関係ない!」
 「あなたの方こそ自分勝手です!」
 いまや二人は、完全に意地になっていた。
 『ふんっ!』
 同時にはき捨てると、正反対の方向へ向かって歩き出す。ゼルガディスはセイ
ルーンを目指して、アメリアはもと来た道を戻って。
       
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