【元気娘と魔剣士】

その8

<騎士団>



一人残ったゼルガディスは、彼自身が思っていた以上に、アメリアの不在に時間と
心の両方を持て余していました。何をしても身にならず、気が付けば、心ここにあ
らずといった状態でした。
 「やれやれ、またやっちまったか」
これで何度目のことか、召喚魔法の呪文詠唱の失敗で、とんでもない物を呼び出し
たのは。ただの鳥を一羽召喚するはずが、ねばねばスライムが魔方陣の中でうごめ
いています。溜息交じりでそれを片付け、再び詠唱を始めたのですが、出てきた物
は、またしても目的の物ではありませんでした。
 「これ以上やっても無駄だな。こう集中力に欠けてるんじゃ、まともなことなど
  出来るわけがないか…」
長い間、ずっと一人で生きてきたのだから、アメリアが居なくとも、何の不都合も
無いはずでした。そう思っていました。ところが、現実はこの体たらく、、、。
 「好きなだけ何日でも…なんて、言わなきゃ良かったかもな……」
そう呟いた後、ゼルガディスに苦笑が浮かんだのも、無理のないことだったかもし
れません。思わずそんな言葉が出てしまうことが、彼にとって初めての経験だった
のですから。
そんなにアメリアが気に掛かるなら、あの魔法の鏡で様子を見ればいいのではない
か、と思うでしょう?でも、ゼルガディスはそれだけはしませんでした。
この辺りが素直じゃないのでしょうが、彼は、自分の居ない所で、自分の知らない
人たちの中で笑っているアメリアを見たくなかったからなのです。まるで子供みた
い、と思われるでしょうが、他人と付き合うことに不器用な人間なんて、こんな些
細なことに躊躇ったり迷ったりしてしまうのです。
何はともあれ、ゼルガディスとしては、アメリアの戻る日をただ待つしかありませ
んでした。悶々とする気持ちをなだめながら。

アメリアが居なくなってから5日が過ぎた頃です。
ゼルガディスは屋敷を囲む森から、不穏な気配が漂ってくることに気付きました。
大勢の人間の近付いてくる、それも、単なる旅人と言ったものではなく、はっきり
と敵意を持ってここへ向かって来ているようです。
 「盗賊、という風にも思えないが……何だ?」
彼等の意図がつかめないので、ゼルガディスは静観していました。
仮にここへ攻め込まれたとしても、普通の人間たち相手ならば、何十人いようと、
撃退することは訳もないことだという自信があったからです。
 「だが、またヤツが絡んでいるかも知れんな……」
脳裏に浮かんだのはゼロスでした。あの日は、ガウリィとシルフィールのおかげで
追い払ったものの、あれで諦めたとは思えなかったからです。
その翌日、屋敷は大勢の騎士たちに取り囲まれていました。
その数は百人を優に越えているようです。
 「思ったより多いな…」
騎士たちは完全武装していて、盗賊とは違い、統制の取れた正規の部隊でした。
彼等の出方を見ていたゼルガディスの耳に、指揮官らしい男の名告りを上げる声が
聞こえました。
 「魔剣士に告ぐ!我は王宮直属黒騎士団第一部隊隊長、ギリアン・ハドレィ。
  これまでの数々の悪行、並びに人心を惑わしたる罪は見過ごすわけには行かぬ。
  大人しく罪を認めるのであれば、寛大なる我等が王の慈悲により命の保証だけ
  はしてやるが、逆らうというのであれば、力をもっておまえを排除する。
  返答や如何に!?」
態度といい口振りといい、威風堂々としたものでしたが、ゼルガディスにとっては
馬鹿馬鹿しさの極みにしか思えませんでした。このまま放っといてもよかったので
すが、長居されるのも鬱陶しかったので、早目に片を付けるため、彼等の前に姿を
現すことにしました。無論、ただ出て行ってやるつもりはありません。
ハドレィの名告りに何も反応がなかったので、騎士団が強攻に出ようとしたときで
した。彼等の遙か頭上に光の球が現れたかと思うと、突然球が弾け散り、火の粉を
撒き散らしながら降り注いできました。
 「う、うわっ!」
 「何だ、これはっ?」
 「落ち着け!騎士団たるものがこんなことでうろたえるな!」
慌てふためく騎士たちを怒鳴り付け、ハドレィが再び歩を進めようとしたその先に、
近付いてくる白い人影が見えました。
 「あんたたちのお望み通り、出てきてやったぜ」
 「おまえが魔剣士ゼルガディスだな」
 「呼びもしないのに勝手に来た挙げ句、いきなりケンカ売ろうってのか?」
 「何を言うか!今までの狼藉三昧、身に覚えがないとは言わさぬぞ!」
 「言っておくが、俺はあんたたちの言う『罪』を犯した覚えはないぜ。
  殺したヤツらは、盗賊だのなんだのと言った侵入者だけだからな。正当防衛って
  もんだろうが」
 「黙れ!おまえは魔族にその身も心も売り渡したのであろうが!」
 「何だと…?」
 「その姿を見れば一目瞭然だ!まっとうな人間ならば、そのような身体で正気で
  いられるわけがないわ!」
 「……おい、オッサン……」
 「正義は我等にあり!皆の者よ、怖れず我に続け!」
ハドレィの雄叫びで、浮き足立っていた騎士たちがどっと押し寄せてきました。
 「翔封界(レイ・ウイング)!」
さすがのゼルガディスも数に圧倒され、慌てて空中へと舞い上がりました。
彼に向かって矢が射掛けられたのですが、風の結界によって全て阻まれています。
 「これだけの数となると、さすがにやっかいだな…。さて、どう追い払うか…」
いくら気に食わない相手だろうと、人間である以上、命を奪う気にはなれませんで
した。それは、ゼロスの言う所の『優しさ』であり、『人間らしさ』を取り戻した
彼の姿だったと言えるでしょう。
しかし、そんな彼の気遣いなどに気付くはずもなく、騎士たちは攻撃の手を緩めよ
うとはしません。風の結界によって矢が届かないのを知ると、前方の騎士たちの後
ろから、魔道士の一団が魔法で攻撃を仕掛けてきたのです。攻撃魔法と言っても、
炎の矢(フレア・アロー)程度ですが、集中されると結界が破られる恐れもあります。
 「チッ…一気に全滅させる方が楽だぜ」
危ない考えが頭を横切りながらも、ゼルガディスは自制を失いませんでした。
 「風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)!」
掌から放たれた魔力による強風が彼等に襲いかかりました。これは、直接ダメージ
を与えるものではないので、運が悪ければ、飛ばされた拍子に怪我をすると言った
程度の魔法です。ですが、密集していた騎士たちには効果的でした。嵐並みの大風
にあおられ、飛ばされ、振り回されながら森の方へと後退を余儀なくされました。
 「ひ、ひとまず、退却だ〜っ!」
わらわらと逃げ出した騎士団を見送り、ひとまず第一撃を退けたゼルガディスは、
溜息のように小さく息を吐いて、屋敷の中へと戻ったのでした。
 「…しかし、あのオッサンはこれくらいじゃめげそうにないな……。
  セコい手だが、一応下準備だけはしておくか」

翌朝、夜明けを待ちかねていたように、オッサン、、、、もとい、ハドレィ隊長が
先頭に立ち、騎士団が門の前に現れました。
 「皆の者!昨日はヤツにしてやられたが、今日こそは我等の力を思い知らせてや
  るのだ。この国の平和は我等の肩に掛かっておる!行くぞ!!」
 『おぉ〜っ!』
剣を手にした騎士たちが、門をこじ開け、先を争うように中庭へと走り込んできた
途端、、、、。
 『うおぉぉぉっ!?』
先頭集団の10人ほどが、いきなり姿を消したのです。勢いづいていた後続集団も
止まることができず、次々に奇声を発しながら地面に吸い込まれていきます。
 「引っ掛かったな」
2階の窓から見下ろすゼルガディスから、思わず笑いが漏れました。
昨日の夜のうちに仕掛けておいた罠――地精道(ベフィス・ブリング)で、中庭に入った
すぐの所に地面ギリギリに掘った落とし穴――にはまり込んだのです。
穴の深さは大人の背丈の2倍ほどですが、底は胸あたりまでの泥沼と化しているた
め、戦闘意欲など出ようはずもありません。詰め寄る後続たちを押しとどめ、どう
にか穴の中をドロドロになりながら、情けない顔でうごめく騎士たちを引き上げる
と、再び退却せざるを得ませんでした。
 「おのれぇ〜〜っ!!」
ハドレィはゆでダコみたいに真っ赤な顔で、今にも火を吹きそうになっていました。
 「あっはっはっは!いい加減諦めたらどうだ?隊長さんよ!」
 「何の、これしきのことで!騎士団を甘く見るな!」
ゼルガディスの笑い声を背に受けながら、ハドレィは歯噛みして屋敷を後にしたの
でした。

 「今朝は来ないようだな……諦めたか?」
そのまた翌日の朝、騎士団が姿を現さないので、ゼルガディスは、テラスで優雅に
朝の香茶を手にしていました。冬の寒さのピークを越えたとは言え、朝の冷気は、
まだ十分に冷たいのですが、、、、。
 「ゼルガディスさん、ただいまっ!」
背後からいきなり大きな声がして、危うく、口にした香茶を吹き出しそうになった
ゼルガディスが振り返ると、そこにはアメリアの姿がありました。
 「……もう、いいのか?…その、家の方は」
抱きしめたい衝動をぐっと押さえて、わざと素っ気ない口振りで答えました。
一瞬、彼女の目に、がっかりしたような色が浮かんで見えたのは、ゼルガディスの
気のせいだったのでしょうか、、、、?
 「家の方はいいんです。それより、ここに討伐隊が来てるって本当なんですか?」
 「よく知ってるな。2日前から、間抜けな隊長と騎士団ご一行様が来てるが」
 「やっぱり本当だったんですね!」
 「それがどうしたんだ?あんなヤツらが何百人来ようと、俺の…いや、俺たちの
  邪魔をさせるつもりは無いんだが……」
言葉の後半は、彼女から目を外らし、あさっての方向を向いてしまった彼でした。
(これでは、言った方も言われた方も、赤面するしかないですね。(笑))
 『いかん、俺は何を言ってるんだ…!』
 『姉さんがあんなこと言うから、意識しちゃう〜っ!』
 「いや、だからだな、おまえが心配することは何も無いってことを言いたかった
  んだ。まぁ、怪我人は出てるだろうが、追い払ってるだけだ。そのうちに諦め
  て引き上げるだろうから…」
 「そうじゃないんです。今回の裏には、ゼロスさんがいるんです!」
 「何だと!?」
アメリアは昨日の夜のことを話しました。
 「俺を魔族にだと!?……あいつ、よりによって、何を考えてやがる!」
 「ゼルガディスさん…」
 「心配するな、アメリア。おまえがいなければ、もしかしたら、俺はヤツの思惑
  に乗ってしまったかもしれない。だが、今は違う。ヤツがどんな手を使っても、
  俺は人間であることを忘れないさ」
 「私も信じてます、ゼルガディスさんのこと。あんな生ゴミ魔族なんて、私たち
  でやっつけてやりましょう!」
 「ああ、そうだな」
 「それはそうと……」
 「どうした?」
 「…お腹減っちゃいました〜。朝ご飯まだなもので…。(汗)」
 「プッ…了解、お姫様。では、食堂へご一緒にいかがですか?」
 「はいっ!喜んで…(ニコ)」

一方、騎士団は会議の真っ最中でした。何しろゼルガディスの魔法は、こちらの魔
道士たちよりも遙かに上で、攻め込むことすらまともに出来なかったのですから。
早朝から始まった会議も空転するばかりで、既に昼を過ぎていました。
ハドレィにもこれといった対策が浮かばず、皆渋い顔で沈黙するばかりです。
 「このままでは、騎士団の名折れだ。ヤツの魔法さえ何とか出来れば…」
 「それは、僕にお任せください」
そう答えたのは、協議の行われている幕屋の中に入って来た一人の神官でした。
 「おお!ゼロス殿ではないか!」
 「どうも遅くなりまして」
皆の前に現れたゼロスは、ハドレィに一礼をして話を続けました。
どんな手を使ったのか、高位の神官として討伐隊の一員になっていたのです。
 「彼の魔法は僕が封じましょう。その後、全軍を持って包囲すれば、彼を捕らえる
  ことも出来るでしょう。いくら魔剣士と言えど、多勢に無勢です」
 「しかし、ヤツの魔法を封じるなどと言うことが本当に出来るのか?……いや、
  ゼロス殿のお力は、よく存じておるが……」
 「ご心配なく」
 「うむ。では、その件はそなたに一任いたそう」
 「お任せください」
 「皆も異存は無いな?…では、明朝再度攻撃をかける!」
 『はっ!』
一同が幕屋から去った後、一人残ったゼロスは低く笑いました。
 「単純な方たちで助かりますよ。せいぜい僕の駒として役に立ってくださいね。
  …では、ゼルガディスさんの所に行くとしますか。再会のプレゼントとして、
  魔力をいただきに」

                                                                〜その9へ続く〜

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