【元気娘と魔剣士】
その6

<心の行方>


 「あ〜っ、食った食った!」
ガウリィは胃の辺りを撫でながら、すっかり満足しきったように満面の笑顔です。
広い食堂はガウリィ一人だったのですが、テーブルの上に積み重ねられた空の食器
の数は、軽く5人分はあるようでした。
屋敷へ着いてから、すぐさまゼルガディスはアメリアを彼女の部屋へ運び込み、
シルフィールも治療の続きのために、彼と共に2階へ足を運びました。
とりあえず、用の無いガウリィだけが1階に残り、一足先に食欲を満足させたので
した。
 「しかし、こんな森の中に住んでるヤツがいたとはな……」
珍しく、ガウリィが考えごとをしていると、食堂の扉が開き、ゼルガディスとシル
フィールが入ってきました。シルフィールは少し疲れた様子でしたが、表情は明る
いものでした。
 「お疲れさん。……その顔だと、あの子は落ち着いたみたいだな」
 「ああ、彼女のおかげだ。大した腕だな」
ゼルガディスの言葉にシルフィールは微笑みで応えました。
 「二人とも、今夜はゆっくり休んで行ってくれ。それくらいしか礼のしようが
  なくて悪いんだが」
 「いやぁ〜、俺はこのメシだけで十分だぜ」
 「……そうみたいだな」
空になった食器の数々を横目で見ながら、ゼルガディスが呆れたように言いました。
シルフィールも驚いたようにガウリィを見つめています。
 「ガウリィ様……これ、全部食べてしまったんですか……?」
 「ん?……ああ、心配しなくていいぞ。ほら、ちゃんとシルフィールの分は残し
  ておいたからな」
見れば、食器の山の向こうに、何皿かは残してあるようでした。
 「いえ、そういうことではないのですが……」
的外れな答えに、シルフィールは困ったような表情をしたのですが、ガウリィは全
く気付いてないようです。
そんな二人を何気なく見ていたゼルガディスでしたが、ふと、思いついたように
ガウリィに問い掛けました。
 「ところで、ガウリィさんよ。あんたの剣は、あの伝説の光の剣だな」
 「ああ。俺んちに代々伝わってきたものだ」
 「……ってことは、おまえさんは、光の勇者の末裔ってわけか」
 「そうらしい」
 「おいおい。"らしい"ってことはないだろうが。その剣が何よりの証拠だろう?」
 「いやぁ〜、子供の頃から何度も話を聞かされたんだが、その手の話を始めると
  どーしても眠くなってな〜。あんまり覚えてないんだな、これが」
 『コイツ……まともなのは剣の腕だけか……?』
 「だが、その剣なら、魔族に対してでも有効だろう?」
 「レッサーデーモン程度なら軽いもんだぜ。だが、さっきのヤツ、えっと……、
  何て言ったっけか。ジラスだったか、ゼアスだったか……」
 『ジラスは赤いキツネで、ゼアスはウルトラマンだっ!』
 「……ゼロスだ」
 「そうそう!そのゼロスってヤツは、この剣でも自分は倒せないって言ってたぞ。
  斬りつける前に避けやがったから、本当かどうかはわからないけどな」
ガウリィの話に耳を傾けつつ、ゼルガディスは考えていました。
 『俺自身を目的だと言ったゼロスの真意は何だ?
  ヤツが魔族ならば、何故、わざと俺を激するように仕向けたんだ?
  敵ではないと言いながら、それを信用するにはヤツの行動は怪しすぎる。
  ……それに、何よりあいつは、アメリアを利用すると言い切りやがった!』
黙り込んだゼルガディスに、今度はガウリィから声がかかりました。
 「なぁ……ここへ来る前から気になっていたんだけどな……」
 「…あぁ、何だ?」
 「あんたのその顔、自前か?マスクとかじゃなくて」
 「ガウリィ様!」
静かに食事を取っていたシルフィールが、弾かれたように立ち上がり、ガウリィと
ゼルガディスの二人を困惑したように見ました。
ガウリィの言葉に、一瞬動揺の色を見せたゼルガディスでしたが、すぐに平然とし
た口調で答えました。
 「…ああ、そうだ」
 「そっかぁ。作り物にしたら、よく動くなぁ〜と思ってたんだが、自前だったら
  当然だな」
あっけらかんとガウリィが言いました。
ゼルガディスを見て、こんな反応をした人間は、今まで一人もいませんでした。
シルフィールは、立ち上がったものの、どうフォローすればいいのか思いつかず、
何とも言えない笑顔のまま硬直しています。
思いもよらぬ”脳天気なガウリィ的発想”に、ゼルガディスは目を丸くしました。
(『残酷な魔剣士』とは、とても思えないくらいの間の抜けた表情と思って下さい)
しかし、当のガウリィは、二人の呆気に取られた顔を不思議そうに見ています。
 「何だ?俺、何かおかしいこと言ったか?」
 「……いや……おかしくはないが……」
そう答えたものの、ゼルガディスはこらえきれずに笑い出しました。
 「全く……あんたは面白いヤツだな、ガウリィさんよ」
 「お?ゼロスってヤツにも言われたぞ」
 「……だろうな。ゼロスのヤツも、あんた相手では調子が狂ったのも当然だな。
  シルフィール、あんたもこいつのお守りは大変だろう?」
 「え、ええ。……でも、それがガウリィ様ですから(はぁと)」
 『そうか……こういうヤツもいるのか・・。今まで俺を見たヤツらは、この姿が、
  それが全てだとでも言うように決めつけていた……。
  だが、この二人はこの姿を見た上で、俺をただの人間として接している。
  ……まぁ、ガウリィはそこまで考えてなさそうだがな……』
ゼルガディスは何だか心の晴れる思いでした。
今まで、自分が思い悩み、ただ一人、入り込んでしまった心の中の袋小路に、微か
ではあっても、出口への光が射したような気がしたのです。
 『だが、こんな風に誰かに心を動かすことが出来るのは、アメリアがここに来た
  からだろうな。あいつがいなければ、喩えこの二人と出会っていても、俺自身
  関わろうとしなかったはずだ』
知らず知らずのうちに、ゼルガディスの顔には微笑みが浮かんでいました。
それは、自分を含む全てのものに対して絶望し、嘲ることしか出来なかったときの
乾いた笑いではなく、心の枷が緩んだような柔らかい笑顔でした。
自分自身を縛りつけていたのは、馬鹿馬鹿しいことだったと思うかのように、、。
 「さぁ〜てと、腹もいっぱいになったし、そろそろ寝るとするか」
ガウリィがそう言うと、ゼルガディスがからかうような調子で答えました。
 「ああ、そうだな。1階ならどの部屋を使っても構わないさ。どうせ使うのは
  一部屋なんだろう?」
 「ゼルガディスさん!」
 「おいおい!そりゃ、まずいぜ」
 「何だ、あんたたち、そういう仲じゃないのか?二人っきりでこんな所まで旅し
  てきたくらいだから、てっきりそうだと思ったんだが」
シルフィールは真っ赤な顔でモジモジしていますし、ガウリィも頭をポリポリ掻き
ながら、返す言葉に詰まっているようでした。
ゼルガディスはそんな二人を見て、笑いながら言葉を続けました。
 「まぁ、いいさ。部屋は、ここを出て右の二部屋を好きなように使うといい。
  ……もちろん、一部屋しか使わなくても俺は気にしないがな」
 「ああ、じゃ、そうさせてもらうよ。………それじゃ、シルフィール、俺は先に
  寝るぞ。ここは安全だから大丈夫だな?」
 「はい。私のことは気にしないで、ガウリィ様はゆっくり休んでください」
片手を上げてシルフィールに答え、食堂から出ていこうとしたガウリィが、ドアの
前で振り返りました。
 「心配しなくても、2階には上がらないからな。おまえさんとあの子の邪魔をす
  る気はないぜ(ウインク)」
 「なっ……!」
 「あっはっは。さっきのお返しだ。……じゃ、おやすみぃ」
そう言って、今度こそ本当にガウリィは食堂から出ていったのでした。
後に残ったゼルガディスとシルフィールは、お互い顔を見合わせて吹き出しました。
 「全くあいつは……鈍いのか鋭いのかよくわからないな」
 「悪気は無いんですよ」
 「ああ、わかるような気がするな。……さて、あんたもそろそろ休んだ方がいい。
  あれからずっと治療を続けていたから、疲れているんじゃないのか?」
 「私は大丈夫ですわ。それより……少しお話があるのですけれど……」
シルフィールから笑顔が消え、代わりに真剣な表情が現れました。
 「話?」
 「ええ。アメリアさんのことで……」
 「アメリアだって?治療は完璧だと思うが……」
 「いえ、身体の傷のことじゃないんです。………確かに私の治療で、彼女の身体
  の傷は癒されました。でも、アメリアさんには、それ以外の、そう、心の中の
  傷が残っているように思えるんです」
 「……心の傷……?」
 「はい。………私たちは、たまたま通りかかっただけですから、彼女が何故あん
  なことになったのか知りません。ですから、その傷が何なのかも知る術がない
  のですが、アメリアさんの心に、深い傷があるのだけは感じられるんです。
  だから、治療が完璧なはずなのに、未だに意識が戻らないのではないかと…」
確かにシルフィールの言った通りでした。
復活(リザレクション)をかけることによって、アメリアの身体は完全に元通りになってい
るにも関わらず、昏々と眠り続けていたのです。
 「アメリアさんは、あなたとここで暮らしていたのでしょう?
  お二人が、その、……どういう関係かと言うことはともかく、彼女が傷付いて
  いる原因に心当たりがあるのでしたら、それを何とかしなければ、本当に安心
  だとは言えないんです。
  下手をすれば、一生目醒めない場合もないとは言えませんし……」
 「一生目醒めない、だと……?」
 「あくまでも、それは最悪の場合です。……私は巫女として、多くの傷付いた人
  たちに接してきました。怪我でも病気でも、身体の痛みは取り除くことができ
  ます。でも、心を癒すことはとても難しいんです。
  純粋で気持ちが真っ直ぐな人は、傷付いたときにも、相手ではなく自分自身を
  責めてしまうんです。それは、相手に対する思いやりの深さだと言えるのです
  が、それでは本人は救われないんです」
 「…アメリアがそうだと……?」
 「ゼルガディスさんは、アメリアさんをどう思っているのですか?」
 「………」
 「ごめんなさい、通りすがりの私がこんな質問するのは失礼ですよね。
  でも、もしあなたが彼女のことを大切に思っているのならば、アメリアさんを
  目覚めさせることが出来るのは、きっとゼルガディスさんだけなんです。
  ………愛しているのでしょう?アメリアさんを」
ゼルガディスは何も言いませんでした。ただ、シルフィールの落ち着いた眼差しを
見つめ返しただけでした。
月がほんの少し傾くくらいの間、二人の間を沈黙が支配していましたが、先に口を
開いたのはシルフィールでした。
 「特別なことは何もしなくていいんですよ。人を愛することは、恥じることでも
  隠すことでもないんです。ただ、自分の気持ちに素直になればいいんです。
  愛という字は”心を受け取る”と書くでしょう?ゼルガディスさんが、アメリ
  アさんの心を受け入れたのなら、それが愛すると言うことなのでしょう。
  ゼルガディスさんがその気持ちを素直に伝えれば、きっとそれはアメリアさん
  の心の中に届くはずですわ」
テーブルの上に両肘を付き、顔の前で両手を組んだ姿勢のまま、考え込んでいたゼ
ルガディスでしたが、シルフィールの言葉が切れたのを機に立ち上がりました。
 「あの……ゼルガディスさん?」
 「夜ももう遅い。あんたも休んだ方がいい」
 「……そうですね」
 「明日の朝、良ければもう一度アメリアの様子を見て欲しいんだが……」
 「ええ、それはもちろんです」
 「頼む。…それじゃ……」
 「おやすみなさい」
                                                          〜その6の続きへすすむ〜



SS紹介の頁に戻る

BACK

MENU PAGE