【元気娘と魔剣士】

             その5

<通りすがりのお助け人>




           『待てっ!』
鋭い制止の声を上げ、若い男女が現れました。
長い金の髪を持った傭兵らしい男と、つややかな黒髪に薄い紫の神官服を身に付け
た女の二人連れでした。
 「おや、邪魔が入っちゃいましたね」
 「誰だか知らんが、いい加減にしたらどうだ。それ以上やるとその子が死んじま
  うだろうが」
 「いいんですよ、そのつもりなんですから」
 「なるほどね。……じゃ、この場合、俺としてはおまえを追い払うしかないって
  ことだな」
 「……全く、人間ってのは、どうしてこう他人のことであっても、余計な口出し
  するんですかねぇ……ヤレヤレ」
 「人間だからさ。……シルフィール、あの子を頼むぞ」
 「はい、ガウリィ様もお気を付けて。あの人…普通の人とは思えません」
 「ま、何とかしてみせるさ」
ガウリィと呼ばれた男は、ゼロスの方に向かい剣を構えました。
 「武器も持たないヤツと戦う趣味は無いんだがな。大人しく引き下がるってのは
  どうだい?」
 「あ、そんなこと、気にしないで結構ですよ」
 「そうは言ってもなぁ…」
 「おやおや、そんなに人が良くては長生きできませんよ」
 「いやぁ〜、これが俺の取り柄だしなぁ」
 「面白い人ですねぇ。殺してしまうには惜しいですよ」
 「そっかぁ?じゃ、お互い気が乗らないことはやめようぜ」
 「あっはっは。本当に変わった人ですね。……でも、そういうわけにもいかない
  んですよ。僕も上司の命令には逆らえないものでして」
 「へぇ、おまえ、下っ端なんだ」
 「う゛……ま、まぁ・・下と言えば下ですが、せめて中間管理職と……。
  ……と、そんなことはさておき、これ以上邪魔をするのなら、あなた方にも死
  んでいただきます」
そう言うと、ゼロスの周りから、先刻アメリアに襲いかかった黒い錐が現れ、ガウ
リィに向かい飛んできました。
 「うおぉぉぉぉっ!」
ガウリィは剣を一閃させ、飛んできた黒い錐を叩き落とそうとしたのですが、それ
は、実体を持たないかのように剣をすり抜け、ガウリィの身体に突き刺さりました。
 「くっ!」
手足に何ヶ所か傷を負い、思わずガウリィの口から呻きが漏れました。
 「言っておきますが、それは剣なんかじゃ避けられませんよ」
 「…なるほど…シルフィールの見立ては確かだな……。こんな真似ができるって
  ことは、おまえさん、魔族ってやつかい……?」
 「さて、どうでしょうね」
 「それじゃ、遠慮はいらないな」
ガウリィは抜いた剣を鞘に納めると、胸元から1本の針のような物を取り出して、
刀身を固定している金具をつつき、柄と刀身を切り離してしまったのです。
 「これでよし、と。……さて、これからが本番だぜ。……行くぞっ!」
右手を剣の柄に掛けたまま、ガウリィがゼロスに向かって突っ込んでいきました。
 「何をしても無駄ですよ」
再び、黒い錐がガウリィ目がけて飛んでいきます。
 「光よ!!」
ガウリィが叫んだ瞬間、柄だけの剣に光の刃が生まれていました。光の刃は、飛来
する黒い錐を打ち払い、そのままゼロスへと斬りかかりました。
 「どぉりゃあぁぁぁぁっ!」
すかっ!
 「何ぃっ!」
ガウリィが斬りかかる半瞬前、ゼロスの姿は消え、光の刃は空を斬っていました。
 「ガウリィ様、後ろです!」
アメリアの手当てをしながら、戦況を見守っていたシルフィールが叫びました。
彼女の言う通り、ゼロスはまるで空間を渡ったかのように後ろに立っていました。
 「光の剣とはね……。驚きましたよ、こんな所でお目にかかろうとは」
 「知っているとは光栄だな。この剣は俺の家に代々伝わる家宝でね」
 「なるほど。……いくら僕でも、その剣を直接食らうのは得策ではないですね。
  ……が、伝説の光の剣とは言え、それだけでは僕は倒せませんよ」
 「それはやってみなけりゃわからないさ」
不敵に笑うガウリィが、一気にゼロスとの距離を詰めようと、足を踏み出したとき
でした。
 『烈閃槍(エルメキア・ランス)!』
 「むっ!」
闇の中から、一条の光の槍がゼロス目掛けて撃ち込まれてきました。……が、いち
早く気付いたゼロスは素早く移動し、光の槍は彼の傍で四散して闇に消えました。
 「何だ?」
 「やはり、ただの神官なんかじゃ無かったようだな……ゼロス!」
 「……これは……ゼルガディスさん……」
木々の間から、白い影のようにゼルガディスが姿を現しました。
 「森の中が騒がしいと思えば、またおまえが絡んでいたとはな…!」
 「いやぁ〜、こんなに手間取るつもりは無かったんですけどね……ハハハ……。
  いろいろと予定外のことが起こっちゃったものですから」
 「チッ……胡散臭いヤツだ……。おい!そこのおまえ!…どこの誰だか知らんが、
  こいつには関わらない方がいいぞ」
 「そうは言ってもなぁ……。もう関わっちまってるようなんだけど」
いきなり現れたゼルガディスを特に気にする様子もなく、のほほ〜んとガウリィが
答えました。
 「じゃあ、さっさと引き返せ。こいつが用があるのは俺だからな」
 「……おまえ、魔族と知り合いなのか?」
 「魔族だと!?」
 「ああ。何だ、おまえ、知らなかったのか?」
 「……ゼロス……!何が目的だっ!」
ゼルガディスの瞳が、冷たい炎が燃え上がるかのように、鋭くゼロスに向けられま
した。剣は既に抜かれていて、油断なくゼロスの出方を探っているようです。
ガウリィとゼルガディスの二人に相対することとなったゼロスでしたが、慌てた素
振りひとつ見せず、いつもの口調で答えました。
 「あなたですよ、ゼルガディスさん。前にも言ったでしょうに。
  ……でも今日は予定変更です。ガウリィさんでしたっけ?この人のおかげで、
  すっかり調子が狂ってしまいましたし。……それに、せっかくアメリアさんを
  上手く利用できそうだったのも、あのお嬢さんの治療呪文で無駄になってしま
  いましたしね」
 「貴様!アメリアに何をした!」
 「これではあのお方に叱られてしまいますよ、全く……。
  まぁ、仕方ないですね。今日はここまでにしておきますよ。では……」
 「待て!」
ゼロスに斬りかかったゼルガディスでしたが、剣が届く前にゼロスの姿はありませ
んでした。あのときのように、忽然と姿を消したのでした。
ゼルガディスは空を切った剣を納めると、ガウリィに向かって言いました。
 「旅の途中か?……なんでまた、あいつとやりあっていたんだ?」
ゼロスが消えたのを確かめ、ガウリィも剣を納めながらゼルガディスの問い掛けに
答えました。
 「彼女がこの先の町に用があってな。たまたま通りかかったら、あの妙なヤツが
  あの子を……」
そう言いながらガウリィはシルフィールのいる方向を差しました。
ガウリィの差し示した先には、若い娘が、横たわるアメリアに治療呪文をかけ続け
ていました。
 「アメリア!」
その途端、ゼルガディスは走り出していました。近付いてみると、アメリアの顔に
は血の気が無く、身体のあちこちには傷がありました。出血は止まっているようで
したが、その瞼は固く閉じられたままです。
 「…この傷を癒せるってことは…、あんたは神官、いや巫女なのか?」
 「はい、サイラーグの神官長の娘で巫女をしています」
 「アメリアは・……アメリアは大丈夫なのか……?」
 「復活(リザレクション)をかけましたから命に別状はありません。両足の怪我がかなり
  ひどかったのですが、幸い私たちが通りかかったのが、そう時間が経っていま
  せんでしたから……」
 「そうか……」
安堵したのか、ゼルガディスから、それまで張り詰めていた気が解放されたようで
した。アメリアのすぐ傍に座り、彼女の顔を見つめていました。
 「あの……ゼルガディスさん、でしたよね?」
 「ああ…」
 「この方……アメリアさんなんですが、一命は取り止めたとは言っても、このま
  までは十分な手当てができたと言うわけではないんです……。どこか、きちん
  とした場所で休ませないと・……」
 「……そうだな……。この先に俺の屋敷がある。そこへ運ぼう」
 「ええ、それなら十分です」
ゼルガディスは、そっとアメリアの身体を抱き、所在なげに立つガウリィに向かい
言いました。
 「あんたたちはどうする?巻き込まれたとは言え、手助けをしてくれたんだ。
  急ぐ旅なら止めないが、休んでいく気があるのなら一緒にくればいい」
 「そうだな……。腹も減ったことだし、何か食うもんあるか?」
 「……ガウリィ様!そんな……失礼ですわ」
しかし、ゼルガディスは取り立てて気にした様子もなく、むしろ、ほっとしたよう
な顔で答えました。
 「大丈夫だ。あんたたちの食べる分ぐらい用意できる。……それに、俺としても、
  彼女がいてくれた方が安心だからな」
 「よしっ。じゃ、早速出発してメシにしようぜ!」
こうして、ゼルガディスたちは屋敷へ向ったのでした。
ゼロスの存在が、小さな棘のように心の隅に刺さったままに……。

                                                                 〜その6へ続く〜

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壁紙に描いたのは、イタリアの建物のクモのレリーフです…欧米では、クモは日本のように嫌われてないそうですi