【元気娘と魔剣士】
その4

( 2 )
<闇との出会い>






雪のせいで、道もわからないような森の中をアメリアは歩き続けていました。
何も考えられなくて、ただ機械的に足を動かしているだけでした。足元の雪だまり
にも、手を引っ掛く木の枝にも、寒さにさえも気づいていないようでした。
冬の日の暮れるのは早く、辺りは薄暗くなってきました。それでもアメリアは歩く
ことをやめず、森の中を彷徨い続けました。
しかし、そんな状態が長く続けられるはずもありません。
大きな木の根に足を取られ、アメリアは雪の積もった地面に倒れ込みました。
倒れ伏したまま、初めてそのときアメリアの目から涙が溢れました。
自分の無神経さに腹が立ち、ゼルガディスの思いに気付かなかったことが情けなく
てたまらなかったのです。
けれども、アメリアは泣いている場合ではありませんでした。
すっかり日が沈んだ森は闇に包まれていて、その暗闇の中から危険が迫っていたの
です。十数頭の狼の群れが、アメリアを静かに囲んでいたのです。
狼のうなり声が近付いてきたとき、初めてアメリアは気付きました。振り向くと、
闇の中に爛々と光る狼たちの目がアメリアを狙っていました。
  「ここで、狼たちに殺されたら、少しはゼルガディスさんへの罪滅ぼしになるの
   かな……」
ふと、そんな思いが心をよぎったのですが、それでもアメリアには、進んで自分か
ら命を捨てる気はありませんでした。
  「やれるところまでやってやるわ……。どこからでもかかってきなさい!」

まるでアメリアの言葉を理解したかのように、前方にいた数匹の狼たちがアメリア
に向かい、鋭い牙を剥き飛びかかってきました。
  「火炎球(ファイアー・ボール)!」
アメリアの手から放たれた炎の球が、狼たちに当たり炸裂しました。飛び散った炎
は周りの木々の枝に燃え移り、辺りは赤く照らし出されました。狼たちはその炎に
いくらか怯んだように見えましたが、獲物を仕留める方を選んだようです。再び、
アメリアに向かい突進してきました。
狼の数が多いとは言え、魔法の使えるアメリアにはある程度の余裕がありました。
その油断があったからでしょうか、木の陰から飛び出した1頭の狼の爪が、アメリ
アの左肩を大きく切り裂いたのです。
  「きゃあぁぁっ!」
激しい痛みにアメリアは膝をつきました。傷口から腕を伝って血が流れ出していま
した。左肩を押さえ、何とか立ち上がり、再び呪文を唱えました。
  「青魔烈弾波(ブラム・ブレイザー)!」
蒼い光をした衝撃波が狼を貫き、確実に狼の数は減っていました。
やがて、諦めたのか、残った狼たちは森の奥へと走り去っていきました。
危機を脱したアメリアでしたが、傷の痛みで立っていられなくなり、そのまますぐ横
にあった木の根元に、寄りかかるように座り込みました。
  「……ふぅ…結構やられちゃったなぁ……」
治癒(リカバリィ)を傷口にかけながら、アメリアは大きく息をつきました。
  「やっぱり、これくらいじゃ死ねないかぁ…」
  「いやぁ〜、なかなかやりますね」

その声は、アメリアの寄りかかる木の上から聞こえました。
  「誰!?」
  「お目にかかるのは初めてですね」
声の主は木の上から飛び降りて、アメリアの目の前に立ちました。
  「あなた…この間ゼルガディスさんの所で……」
  「ぴんぽぉ〜ん」
  「それに…その声は……夢の中で聞いた声だわ!」
  「はい、よくできました(ニッコリ)」
  「……一体あなたは誰なんですか?」
  「おや?言いませんでしたっけ。僕は通りすがりの只の神官でゼロスと言います」
  「嘘です!」
  「僕は嘘はつきませんよ」
  「あなた、絶対まともな人間じゃないです!」
  「ひどいな〜、そんなに言いきらなくても……」
  「いいえっ!あなたのその服装が証明していますっ!」
  「はぁ?」
  「悪人は黒い服を着ているものなのですっ!!」
  「ガクッ……そ、それはすごい指摘ですね……」
アメリアの鋭い(?)突っ込みにずっこけたゼロスでした。
  「悪と証明された以上、この私が正義の名の下に成敗してあげましょう!」
さっきの傷はまだ完全にふさがってはいませんでしたが、アメリアはすっくと立ち
上がり、ゼロスに対峙しました。
  「まあまあ、アメリアさん、落ち着いてください。その肩の傷もまだ治しきって
   いないのでしょう?」
  「これぐらい大丈夫です!悪に情けを受けるつもりはありませんっ!」
  「まぁ、そう言わずに……。とりあえず座りませんか?」
あまりににこやかに言われたので、不審に思いながらも再び座り込みました。
もちろん、ゼロスからは少し離れて。そんなアメリアを特に気にする素振りも見せ
ず、ゼロスも倒木の雪を払って腰掛けました。
  「ところでアメリアさん、あなた、ゼルガディスさんの所にいたんじゃなかった
   んですか?」
  「あなたには関係ありません!」
  「まあ、そう言わずに。………若いお嬢さんがこんな時間に一人で森の中にいる
   のは、何かわけがあるとしか思えないでしょう?」
  「……あそこにはいられなくなっただけです……」
  「おや、それはまたどうして?」
それ以上アメリアは答えませんでした。本当は誰かに聞いてもらいたかったのです
が、ゼロスの正体もはっきりしていませんし、何より、あのときゼルガディスとは
敵対していたように感じたからです。
  「僕のことを怪しんでるみたいですね〜。ま、仕方ないですか。何たって、この
   間ゼルガディスさんにちょっかい出してたのをご存じですからね。
   ……言わなくてもいいですよ。大体見当はついていますから」
  「え?」
  「僕のゼルガディスさんへの片思い歴は、あなたよりずって長いですからね〜。
   彼への傾向と対策は、しっかり作ってあるものですから」
  「どういうことですか?あなたはゼルガディスさんとどんな関係なんですか?」
  「それは…秘密です(ニコ)」
  「そんな……ズルイ」
  「まぁ、それはともかく。……では現時点で、あなたはゼルガディスさんとは、
   もう一切関係が無いということですか」
  「……ゼルガディスさんは、そう思ってると思います…」
アメリアは、ゼルガディスが最後に見せた表情と、温室から無くなっていたバラの
ことを思いました。もう戻れない、、、そう思うだけで胸の中が空っぽになってし
まったようでした。
  「いいことを教えましょうか?」
  「…いいこと?」
  「ええ、そうです。……アメリアさんはゼルガディスさんに嫌われてしまったと
   思っているのでしょう?彼に酷いことを言ってしまったから、と」
  「どうして、そんなこと……!」
  「僕にはわかっているって言ったでしょう?」
  「でも……」
  「だからいいことを教えてあげますよ。アメリアさん、ゼルガディスさんはあな
   たのことを嫌ったりしていませんよ。むしろ、とても大切に思っていたくらい
   です」
  「そんな……!そんなことは無いです…」
  「いいえ、そうなんですよ。あなたはこの間の盗賊たちとの戦いのとき、彼が急
   に態度を変えたのに気付いたでしょう?あれは何故だったと思いました?」
  「それは……はっきりゼルガディスさんから聞いたわけじゃないから、私の推測
   ですけれど……。多分、彼の姿形のことが関係しているんじゃないかと……」
  「それは違います」
  「えっ?」
  「ゼルガディスさんは、自分自身のことではなく、あなたのことであんな行動に
   出てしまったんですよ」
  「私のこと?」
  「ええ。盗賊たちが、あなたのことを人間じゃないとか、魔族だとか言ったこと
   で、ゼルガディスさんの怒りが爆発したんですよ。確かに以前の彼は、自分自
   身のキメラの姿への憤りから殺戮を繰り返していました。けれど、そんな彼が
   変わったのはあなたが来てからですよ。
   あなたがあの屋敷に来て以来、ゼルガディスさんは、一切人を殺すことをやめ
   ていたのですから」
ゼロスの言葉にアメリアは驚きを隠せませんでした。大きな目を見開き、ゼロスの
方を見つめました。
  「本当なんですか?」
  「100%正解ではないかもしれませんが、そう外れてはないはずですよ」
ゼロスの言うことを全て信じたわけではありませんが、アメリアは、自分の心の中
に生まれた嬉しいと思う気持ちに気付きました。
しかし、そんなアメリアの小さな喜びは、続くゼロスの言葉に打ち砕かれました。
  「だからこそ、彼の失望が大きかったんですよ。初めて自分の姿を気にせずに、
   彼自身を認めてくれたはずのあなたが、実は、彼の心の中を、何もわかっては
   いなかったことに気付いたんですよ。……以前、あなたに言いましたよね。
   あまり彼に関わるなって。ゼルガディスさんがあなたに好意を持つことで、彼
   が普通の人間になってしまうのは、僕にとってはかなりまずい事態でしたので、
   今回、この結果になったことには満足していますよ」
ゼロスは立ち上がりアメリアを見ました。その顔は、さっきまでの人の良さそうな
微笑みでは無く、禍々しいような笑いが浮かんでいました。
  「ゼロスさん……?」
  「それにしても……ゼルガディスさんも甘くなったものですよ。でもまぁ、その
   おかげでより深い絶望へと突き落とすことができるのですから、何が幸いする
   のか、わからないものですね。……ゼルガディスさんは今でもあなたが好きで、
   それ故に酷く傷付いていますよ。あなたのおかげで、彼を闇に誘うことができ
   そうです。……お礼を言わせていただきますよ」
  「もしかして……あなた、魔族…!」
  「さて、おしゃべりはここまでにして、そろそろ終わりにしましょうか。
   見逃してあげようかとも考えたのですが、あなたの死体をゼルガディスさんに
   見せた方が、より効果的ですからね。裏切られた失望感と、愛する者を失った
   喪失感との両方で、彼は二度と立ち直れないでしょうから」
  「ゼルガディスさんをどうしようと言うんですか!?」
  「おや?あなたにはもう関係の無いことでしょう?
   ゼルガディスさんは僕がいただきます。悪く思わないでくださいね」
ゼロスの言葉と同時に、アメリアの身体のあちこちに小さな黒い円錐状の物が突き
刺さっていました。
  「うっ……!何なの、これっ!?」
どこからともなく現れたそれは、アメリアを嬲るかのように次々と襲いかかってき
ました。数の多さに避けることもできず、アメリアは呻き声を上げるだけでした。
  「ひとつの傷は小さくても、数が多ければ結構ダメージになるでしょう?」
涼しい顔でゼロスが言います。
  「一度でケリをつけてしまうのは勿体ないですからね。苦痛は少しずつ大きくし
   て行った方が楽しめるものですから」
  『このままじゃ、本当にやられる……!何とかしなきゃ……』
アメリアは襲いかかる痛みを押え、呪文の詠唱を始めました。
  『…永遠と無限をたゆたいし すべての心の源よ 尽きる事無き蒼き炎よ
   我が魂のうちに眠りしその力 無限より来たりて 裁きを今ここに!』
  「ほう……」
  「崩霊裂!(ラ・ティルト)」
アメリアの『力ある言葉』と共に、蒼い閃光がゼロスを包み込みました。
この魔法は彼女の使える魔法の中で、魔族に対して最も威力のあるものです。
やがて光が収まり、その場所に立っていたゼロスの姿が無いのを見て、アメリアは
大きく息をつきました。
  「……やった……の……」
ざしゅっ!
一瞬の衝撃に倒れ込んだアメリアは、雪の上に赤い染みが広がるのに気付きました。
  「え……?これ……私の血…なの……」
見れば、自分の両の太腿から溢れるように血が流れ出しています。手で押さえよう
としてみたのですが、指の間から止めどなく流れるだけでした。
  「いやいや、そんな魔法まで使えるとは驚きましたよ」
  「……ゼロ…ス…」
倒したと思ったゼロスは、全くの無傷でアメリアのすぐ前に立っていました。
相変わらず笑みを浮かべたままでアメリアを見下ろしています。
  「でも、残念ながら、僕には効かないのですけれどね」
  「………」
  「苦しいですか?……あぁ、その様子じゃ聞くだけ無駄ですね。
   では、楽にしてあげますよ。あまり遊んでいる時間も無いようですから」
アメリアの耳に、ゼロスの残酷な言葉はもう殆ど届いていませんでした。急な出血
のせいで、既に意識は深い闇の底へ沈んでいきつつあったのです。
  「それじゃ、アメリアさん、さようなら」

                                                 〜その5へ続く



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