【元気娘と魔剣士】
その4

( 1 )
<無くなったバラ>





1週間がたちました。
あの日以来、ゼルガディスは一切アメリアの前に姿を見せず、その存在すら感じら
れませんでした。何でも映し出すはずの魔法の鏡にも彼の姿は見えず、何度見ても、
映るのはアメリア自身の泣きそうな顔だけでした。
今まで、喩え姿が見えなくとも彼がいるということが、どんなに彼女に安心をもた
らしていたのかをアメリアは知りました。自分がどれだけ彼に守られていたのか、
どれだけ彼を心の拠り所としていたのか、、、。
ここへ来てから、そう長い月日が経ったわけでもないのに、ゼルガディスの存在は
アメリアにとって、切ないくらいに大きなものとなっていたのでした。
 「ゼルガディスさん、どうしているのかしら……」
自分の部屋で何をするわけでもなく、無為に時間だけが流れて行く中、アメリアは
彼が最後に言った言葉の意味を考えていました。
 「ゼルガディスさんが悪い人じゃないのはわかってる。噂はあの人の本当の姿じゃ
  無い。それは、私自身がここに来てからのゼルガディスさんの行動が証明して
  るもの。……だったら、なぜあのときはあんな残酷なことができたの…?」
アメリアには、ここへ来てからの彼の言葉や態度を思い出していました。
初めて彼の声を聞いたときのこと、初めて彼の姿を目にしたときのこと。
彼のもらした言葉――やっぱりおまえも、そういう目で俺を見るのか――を。
 「そうだわ、ゼルガディスさんはあのときに、私の怯えた反応にとても悲しそう
  だった。自分の姿が普通じゃないことに傷付いていた……。
  だから、私はゼルガディスさんが本当はいい人なんだって思ったんだもの。
  過去にどんなことがあったとしても、それは彼自身が望んでしていたことじゃ
  ないはずだって。……だとすれば……」
アメリアは部屋を飛び出しました。廊下を走り抜け、階段を駆け降り、外へと向か
いました。
 「ゼルガディスさんは言っていた…。人間じゃないと言われることが、どれほど
  辛いことだったかを。彼をそう呼ぶ人たちを憎んでいたかを……!」
入り口の大扉を身体ごとぶつかるような勢いで開き、中庭へ走り出ました。
1週間前の惨劇は跡形も無く、目の前には白く降り積もった雪があるだけでした。
 「私は、それを聞いていた、彼の思いを知っていた……。なのに……!」
勢いよく飛び出したアメリアでしたが、中庭から温室へ向かったときには、その歩
調は衰え、よろけるような足どりになっていました。
温室に入ると、たくさんのバラは、変わらず甘い芳香と美しい色でアメリアを迎え
ました。この1週間、アメリアが世話をしていなかったのにも関わらず、、。
でも、気付いたのです。あのピンクのバラが無いことに。ゼルガディスとアメリア
が出会うきっかけとなったバラだけが無くなっていたのでした。
 「そんな……」
見落としているのじゃないかと温室中を探しました。一株一株見て回ったのですが
どんなに探しても見当たりませんでした。
 「私は、ゼルガディスさんを傷付けてしまったのね……。口ではわかっていると
  言いながら、本当は何も理解してなかった……」
アメリアは温室を後にしました。あのとき彼に言った言葉が、取り返しのつかない
事態になってしまったことを悔やむばかりでした。どんなに謝りたいと思っても、
もう遅すぎたのです。
 「これ以上、ここにはいられない…よね」
アメリアは屋敷の中に戻りませんでした。温室を出て、そのまま門の方へ向かった
のです。どこへ行く当てもありません。けれど、この屋敷に、、ゼルガディスへの
思いの残るこの場所に、たった一人でいることはできなかったのです。
鉄の門を開け、アメリアは一度だけ振り返りました。もしかしたら、ゼルガディス
が現れてくれるかもしれないと、儚い希望を胸に、、、。けれど、目に映るのは、
人気のない影のような屋敷だけでした。
 「ごめんなさい……さよなら……」
そうして、アメリアは森の方へと歩いて行ったのでした。
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