【元気娘と魔剣士】
その3

(1)
<冬の雷>


                  
   翌日、アメリアは鏡の前に座り、ゼルガディスに言われたとおり願いました。
   するとどうでしょう。まるで、すぐそこにいるように父親の姿が見えたのです。
   アメリアの耳に、なつかしい父親の声が聞こえてきます。
   「父さん・・・・・」
   父親は畑で働いていました。何だか、少し痩せたみたいで、家の中にまで聞こえて   
   いた大きな笑い声もどこかに無くしてしまったようでした。
   「私、元気にしてるの。ゼルガディスさんも悪い人じゃなかったのよ。
   父さんと離ればなれになってしまったのは寂しいけど、私は大丈夫なの。
   心配しないで、いつも通りの父さんに戻って・・・・」
   どんなにこちらから声が届いたなら、と思ったことでしょう。でも、見ることしか
  出来ない今、アメリアは祈るだけでした。
   『神様、どうか私の思いが父さんに届きますように』
   祈るアメリアの耳に、外の方から何人もの人の声と馬蹄の響きが聞こえました。
   窓からそっと見てみると、高い塀の向こう側に、30人程の、いかにも盗賊らしい
  男たちが、口々に何か叫びながら門を開けようとしているところでした。
   「この屋敷だな、お宝があるってのは」
   「へい、お頭。確かにここって話でさぁ。何でも、魔道士が一人で住んでるらし
   くて、値打ちもんの魔道書だの魔道器だのがあるそうですぜ」
   「その情報は確かなんだろうな」
   「・・・って話ですがね。・・・・おい!ヤツを連れてこい!」
   手下の一人に引っ張られるように、黒い神官服とマントを着た男が現れました。
   まわりを囲む強面の男たちの視線も、全く意に介してないかのように、にこやかに
  笑っています。
   「情報を持ってきたってのはおまえか?」
   「ええ、そうです」
   「ガセじゃねぇだろうなぁ」
   「まさか!ここは、もう百年以上も前からの由緒あるお屋敷でして、美術品を始
   めとした素晴らしい物がたくさん置かれているはずですよ。
   その上、今住んでいる魔道士はかなりの腕の持ち主ですから、魔法の研究のた
   めの珍しい魔道書なんかもあるのでは・・・・」
   「なるほど・・・・。魔道書なんてもんは、オレたちには必要ないもんだが、その筋の
   ヤツら相手には高値で売りさばけるからな」
   「まぁ、中に入ってみてのお楽しみですよ」
   「よぉし、そうとわかりゃ早速乗り込むぜ!」
   「あぁ、ちょっと・・」
   「うん?まだ何かあるのか?」
   「さっきも言いましたが、かなり腕の立つ魔道士ですから、甘く見ない方がいい
   ですよ。返り討ち・・・なんてお粗末な結果にならないように」
   「いるのは、たった一人なんだろうが。俺たちにかかればちょろいもんだぜ」
   「はあ・・・・」
   「ま、上手いこと行きゃあ、おまえにも情報料くらいはくれてやるぜ。
    ここでおとなしく待ってりゃあな。
   ・・・・・よぉーし、てめぇら、乗り込むぜ!」
   頭の号令で、門から乱入してきた盗賊たちは、中庭を抜け、屋敷の入り口を目指し
  我先とばかりに殺到していきました。後に残された謎の男は、盗賊たちの後ろ姿を
  見送りながら呟きました。
   「さて、ゼルガディスさんはどうしますかねぇ。今迄と違って、今回はアメリアさんが
    いますから・・・」

    一方、盗賊たちに気付いたアメリアは、慌てて部屋を飛び出して、ゼルガディスに
  知らせようと屋敷中を探したのですが、どこにも彼の姿は見つかりません。
   「どうしよう・・・・・このままじゃ盗賊たちの思うがままだわ。・・・・・・。
    いいえっ!例えゼルガディスさんがいなくても、盗賊というこの世の悪を、このまま
   見過ごすことは、私の正義が許さないっ!
   このアメリアが目にもの見せてあげるわ。・・・・見ていて、父さん!」
   その間にも、外から盗賊の声はどんどん近付いてきていました。
   決心したアメリアが外へ出ようとしたときです。
   「どうした、アメリア」
   「ゼルガディスさん!」
   いくら探してもいなかったゼルガディスがそばに立っていました。
   「大変です!盗賊たちが外に!」
   「あぁ、またか。懲りないヤツらだ」
    「落ち着いている場合じゃないですよ〜」  
   「いつものことだ、どうせ屋敷の中には入れやしない。放っておけ」
   「そうじゃなくてぇ〜。悪人を放っておくんですか?ここはやはりビシッと・・・」
   「相手をしろと言うのか?」
   「もちろんです!この世の悪をこのまま見過ごすことは出来ませんっ!
   ゼルガディスさんがやらないと言うのなら、私がやっつけてやります!」
   「お、おい、待て!」
   入り口へと走り出したアメリアの腕を、ゼルガディスは慌てて捕まえました。
   「いい加減にしろ!おまえが行ったところでどうしようもないだろう」
   「そんなことはありません!私だってあいつらをやっつけるくらいの魔法は使え
   ます」
   「なんだって?おまえ、攻撃魔法が使えるのか?」
   「はい。姉さんたちが魔法オタクでしたから・・。精霊魔法を一通りと白魔法なら
   十分使えます!」
   「おまえら一家は何者なんだ・・・・・。まぁ、おまえの力は今度見せてもらうとして、 
   今回は俺の言うことを聞くんだ」
   「でも・・・・・」
   「いいから大人しくしてろ。昔は一人残らず片付けていたんだが、こう続くと、
   面倒だからな。さっきも言ったように、この中には入れないよう結界が張って
   ある。そのうちに諦めて・・・・・」
    そのときです。
   入り口の方から、力任せに扉を開く大きな音が響き渡りました。
   「何だと!?」
    ゼルガディスの意志無しでは開かないはずの結界を越えて、盗賊たちは正面玄関の 
    大扉から侵入していました。
   「どういうことだ!たかが盗賊ふぜいに結界が破れるわけがないはずだ!」
   「・・・・さあ、邪魔な結界は壊しちゃいましたから、存分にやってくださいよ」
   ゼルガディスの言った通り、盗賊にそんなことが出来るわけはありません。結界を
   破ったのは、盗賊たちにこの屋敷の情報を教えた、あの、謎の神官でした。
   「ゼルガディスさん、どうするんですか?」
   「おまえは自分の部屋へ戻っていろ」
   「えぇーっ!私もお手伝いします!」
   「ヤツらの相手ぐらい、大したことじゃない。いいから、言う通りにしろ」
   扉の開く音と同時に、盗賊たちの話す声が聞こえてきました。
   「てめぇら!ぬかるんじゃねぇぜ。魔道士ってヤツは陰険なのが多いからな。
   どこに罠があるかも知れねぇぞ」
   盗賊の言葉を聞いたアメリアは、ジト目でゼルガディスを見て言いました。
   「・・・・・そぉなんですか?」
   「真に受けるなっ!・・・・俺はどこかの誰かとは違うんだ!」

                      ***
   ―クッシュンッ!
   「あら、あんたが風邪ひくなんて明日は槍が降るかしらね」
   「うっさいわね!・・・・・・何か鼻の辺りがムズムズしただけよ!
   どうせ、あたしたちが今までぶっ倒したヤツらの生き残りとかが、どっかで負け
   惜しみでも言ってるんでしょ」
   「単なる悪口じゃないの?根性がねじ曲がってるとか、でかい態度と反比例して
   胸は小さいとか・・・・」
   ―げしっ!
   「殴るわよっ!」
   「・・・・・やってから言わないでよね・・・・!」
   「わかったらさっさと次の所行くわよ!」

                      ***

   「おいっ!てめえがここに住んでるって魔道士か!?」
   アメリアを説得しきれないうちに、盗賊がすぐそばにまで来ていました。
   明かりのない廊下は、今にも雪が降りそうな暗い空のせいで、人影の細かいところ
   までは見えなかったのですが、いかにも盗賊と言った口振りの男でした。
   「観念して、さっさとお宝を全部出しちまいな。そしたら、命だけは助けてやる
   かも知れないぜ」
    男の声で、他の盗賊たちも集まってきました。ロングソードを持った者もいれば、
   大きなハルバードを振りかざした者もいます。それぞれの武器を手にして、二人を
   取り囲もうとしていました。
   「おっ、女がいるじゃねぇか。・・・・お嬢ちゃん、大人しくしてろよ。痛い目に会
    いたくなかったらな」
   「そうそう、俺達は女には手出ししない主義だからな。売り飛ばすってぇことは
   するけどよ。がっはっはっは!」
   下品な笑いの中、アメリアが一歩前に出たかと思うと、盗賊たちをビシッと指差して
  父親譲りの大きな声で言いました。
   「あなたたちは間違ってます!盗賊ふぜいの悪人に、この私を倒せると思ってい
   るのですか!このアメリアが、あなたたちの悪の心を打ち砕いてあげますっ!」
   「・・・・おい、アメリア・・・」
   アメリアの後ろでどっと疲れたゼルガディスでしたが、盗賊たちは呆気にとられた
  ようにポカンとしています。
   「な、なんだ、この女・・・」
   「頭おかしいんじゃないのか?」
   「かかってこないのなら、こちらから行きますよっ!
   直伝!平和主義者くらぁぁぁっしゅっ!!」
   どごっ!
   アメリアの蹴りが、一番前にいた男に炸裂しました。
   「て、てめぇっ!やりやがったな!女だからって容赦しねぇぞ!」
   「正義の前では悪は滅びるのみです!」
   「うるせえっ!やっちまえ!」
   「・・・・待て!」
   決して大きくはないのですが、その場を圧倒するような声が響きました。
   すっかりアメリアのペースに乗せられていたゼルガディスでしたが、どうやら本来
  の彼に戻れたようです。鋭い視線で盗賊たちを睨みつつ、アメリアの前へ出ました。
   「外へ出ろ。屋敷の中を血で汚すのはごめんだ」
   「何だとぉ?」
   「その方がおまえらにも有利だろうが。所詮、数を頼みのザコだからな」
   「うるせぇっ!大口叩いてんじゃ・・・・・」
   巨大な雷鳴が辺りを揺るがし、暗い廊下を白い閃光が一瞬照らし出しました。
   白い影にしか見えなかったゼルガディスの全身が、その光によって、はっきりと
  盗賊たちの目に映り、彼等は我が目を疑うように彼の姿を見つめていました。
   「こ、こいつ・・・・一体何者なんだ・・・・」
   「お頭!こいつはもしかして、あの魔剣士ゼルガディスじゃ・・・」
   「何だと!?」
   「あの顔ですよ・・!ありゃ、噂で聞いた通りですぜ」
   「化け物じゃねえか」
   「人間じゃねぇって話でしたから・・・」
   荒くれ者の盗賊たちも、目の前のゼルガディスの姿に驚きを隠せないようでした。
  口々にうわごとめいた言葉を発しつつ、彼を凝視するばかりだったのです。
   彼等の反応を無表情で見ていたゼルガディスでしたが、握り締めた彼の手が、僅か
  に震えていることにアメリアは気付きました。
   「どうした、怖気づいたのか?」
   「・・・・いいだろう、表へ出てやろうじゃねぇか・・・・。相手が化けもんだろうと、ここで
   引き下がっちゃあ名折れだからな・・・・。人間じゃないってんなら、遠慮なくぶっ殺
   せるってもんだぜ」
   「ゼルガディスさん・・・・・」
   「アメリア、おまえは中にいるんだ。いいな」
   午後もまだ早い時間だというのに、空は暗く、風と共に雪が降り始めていました。
   嵐になるのか、雷鳴が轟く下、中庭のほぼ中央にゼルガディスが立ち、その周りを
  盗賊たちが取り囲んでいました。
   「先に言っておくが・・・・さっさと逃げ出した方がおまえたちのためだ」
   「強がりはそれくらいにしときな、魔剣士さんよ。女の前だからって、いい格好
   するのも程々にしておいた方がいいぜ」
   「いくら魔法が使えるからって、一度に俺たち全員の相手が出来るわけないだろ
   うしな」
   「呪文さえ唱えさせなければ、魔剣士と言えど怖れることは無いぜ」
   「・・・・そうまで言うのなら、相手をしてやろう・・・」
   「行くぜっ!!」
   剣を抜き放った一人が、ゼルガディスへと突っ込んでいきました。
   ギィンッ!
   金属の合わさる音が響き、盗賊のロングソードが大きく弾け飛んで地面へ突き刺さ
  りました。ゼルガディスのブロードソードが、暗い空の下で刀身を輝せています。
   「こいつ、剣の腕も相当だぞ!・・・まともにやり合うんじゃねぇ!」
   頭の言葉を聞き、盗賊たちは四方から一斉にゼルガディスへ切りつけました。
   しかし、ゼルガディスの剣技は盗賊たちを遙かに上回っていて、僅かの間に彼等の
  数は半減していました。しかし、殺された者は一人もなく、倒れている者は皆、傷を
  負って動けないか、或いは気絶しているだけでした。
   「畜生・・・・てめぇ、本当に化け物か・・・」
   「どうだ、逃げ帰る気になったか」
   「くそぉ・・・・・」
   「・・・・おやまぁ、意外とあっさりやられちゃってますねぇ。あれほど注意してく
   ださいと言ったのに」」
   「誰だ!?」
   いつの間に現れたのか、黒い神官服の男がゼルガディスの後ろに立っていました。
  盗賊たちにここを教えたあの男です。男はにこやかに笑いながら、ゼルガディスの
  横を通りすぎ、盗賊たちの方へと歩いて行きました。
   「それにしても、ゼルガディスさんもずいぶんと甘くなったものですね。以前な
   ら、有無を言わさず皆殺しだったのに。これもあのお嬢さんのせいですか」
   「てめぇ、話が違うじゃねえか。ただの魔道士だって言いやがって・・・。
   こいつは、あの、残酷と名高い魔剣士ゼルガディスじゃねぇか!」
   「おや、そうでしたっけ?まぁ、細かい話はその辺に・・・」
   「置くなっ!!」
   「・・・・何者だ」
   「あ、ご挨拶が遅れまして。僕は通りすがりの謎の神官、ゼロスと申します。
   実は今回この人たちをけしかけたのは僕でして(ニッコリ)」
   「何が目的だ」
   「話せば長くなるのですが・・・そうですねぇ、端的に言えば、あなた自身ですよ」
   「何だと?」
   「あなたの魔力と剣の腕は、僕たちから見てもなかなかのものだと評判でして、
    これならスカウトするのも悪くないかと」
   「・・・・何を企んでいる?」
    「いやぁ〜、企んでなんかないですよ。ちょっとばかり、やって欲しいことが
   あるというだけです。あなた以外にも候補が何人かいたのですが、僕としては
   ゼルガディスさんが好みのタイプでして(はぁと)」
    「気色の悪いこと言うなっ!!」
    「・・・・何、ゴチャゴチャ言ってんだ!コイツを片付ける手はないのかよ!?」
   「無いことはないですけど・・・・。
    それより、盗賊の皆さん。このゼルガディスさんをどう思います?」
   「何ぃ?」
   「ですから、彼の姿を見て、戦ってみてどうでしたか、と」
   「・・・・ただの人間じゃねぇことだけははっきりしたぜ。俺たちがこれだけやられ
   たのは初めてだからな。・・・・あんな岩みてぇな化け物だとはな」
   「そうですよねぇ。とても人間とは思えませんよねぇ」
   「見ろ、あの凶悪なツラをよ」
   「まともな人間相手ならともかく、あんな化け物とやりあうとは、思ってもみな
   かったぜ」
   ゼルガディスとの戦いの最中であることも忘れて、ゼロスと盗賊たちは、すっかり
  井戸端会議状態と化して、好きなことを言い合っていました。
   無関心を装っていたゼルガディスでしたが、彼等の言葉の端々から「化け物」とか
   「人間じゃない」という言葉を聞く度に、どうしようもなく怒りが湧き上がってくるの
  を押さえられませんでした。剣を持つ手は、彼の心を表わすかのように固く握りし
  められていました。
   「さっき、屋敷の中に女がいたけどよ、可愛い顔してたが、こんな化け物野郎と
   一緒にいるんだ。あの女も仲間に違いねぇ」
   「そうですねぇ。もしかしたら、人間のふりした魔族かもしれませんよ」
   「魔族だか何だか知らねぇが、化け物には変わりねぇってことだ」
   「俺なんか、いきなり蹴り入れられたんだぜ。絶対まともじゃねぇよ」
   「・・・・言いたいことを言ってくれるな・・・・・」
   押し出すような声でゼルガディスが言いました。先程の手合わせでは、余裕からか
  手加減さえ見せていた彼でしたが、今のゼルガディスの全身からは、殺気がにじみ
  出ていました。盗賊たちに向かい、剣を手に歩み寄って行ったのでした。

                     その3の2へ続く



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