<不器用な優しさ>

  それからしばらくの間、アメリアは平和な気持ちで過ごしました。
  ゼルガディスが姿を見せるのは、毎日夕食の時だけだったので、それ以外はいつも 
 一人で読書をしたり、ゼルガディスに任されて温室の花の世話をしていました。
  退屈とは思わなかったのですが、時には誰かとおしゃべりもしたかったし、それに、
 何より、ゼルガディスのことをもっと知りたいと思っていました。最初は彼の姿を怖れ
 たアメリアでしたが、今ではそんなことは気にならなくなり、それどころか、彼が現れ
 る時間が待ち遠しくさえ思うようになりました。
  ある日の夜のことです。食事を終えたアメリアは部屋へ戻りました。
  いつもなら、お風呂に入って後は寝るだけなのですが、その日はなぜかそんな気に
 なれず、テラスへ出てぼんやりしていました。
  「父さんたちは元気かしら・・・・?」
  一人でこの屋敷に残ってから一ヶ月が過ぎていました。
  あの日、父親と一緒にここへ来たときのように、空から雪が舞い降りていました。
  両の手のひらで、落ちてくる雪をそっと受けてみました。
  「この雪が最初の一片(ヒトヒラ)なら、願いがかなうかもしれないのにな」
  アメリアが思ったのは、昔から伝わる”一片の魔法”でした。雪の降りそうな日、
 その日に落ちてくる最初の一片を手に取ることが出来れば、思う願いがひとつだけ
 かなうと言われていました。
  「元気だと伝えられたらいいのに・・・・・」
 トントン・・・・アメリアの部屋のドアをノックする音が聞こえました。
  「はい?」
  「俺だが・・・ちょっといいか?」
  食堂とサロン以外でゼルガディスと会うのは初めてでしたし、その上部屋に訪ねて
 くるなんて!不思議に思いながら扉を開けました。
  「どうしたんですか?」
  「いや、別に大した用じゃないんだが・・・・」
  「立ち話も何ですから、どうぞ入ってください」
  「あ、あぁ。・・・・こんな時間に悪いな」
  アメリアが椅子を勧めたのですが、ゼルガディスは生返事を返しただけで、部屋の
 中で所在なげに立っています。
  「ゼルガディスさん?」
  「・・・・・アメリア・・・」
  「はい?」
  「おまえ・・・・家のこと、父親のことが気になるか?」
  「・・・・・それは・・・気にならないと言えば嘘になりますけど」
  「だろうな・・・・」
  「どうしたんですか、急に」
  「いや・・・だから・・・その・・・・・。つまりだな、おまえに、家の様子を見ることが
  出来るようにしてやろうかと思って・・・・」
  「ホントですか!?」
  「ああ。そこの鏡があるだろう。その前で、自分の家が見たいと望めばいい。
  そうすれば、姿だけでなく声も聞こえるように・・・・・おっ、おいっ!?」
  ゼルガディスが驚いたのは無理もありませんでした。彼の言葉が終わらないうちに、
 アメリアがゼルガディスに飛びついてきたのです。
  「ア、アメリア・・・」
  「ありがとうございますっ!私、本当に嬉しいですっ!」
  「いや・・・そんな、それほどでも・・・」
  「やっぱりゼルガディスさんはいい人なんですね!」
  「・・・こっちからは見ることが出来るだけで、話をしたりはできないからな」
  「いいんです。父さんがどうしているか、見られるだけで十分です。
  だって・・・ずっと、気になって・・・・いて・・・・」
  満面の笑顔がいきなり崩れて、大粒の涙がアメリアの目から溢れ出しました。
  「私・・・いつも、父さんと一緒にいたから・・・父さんが心配してないか・・・いつも、
  ずっと・・・思ってて・・・気になってたから・・・・・・」
  胸の中で子供のように泣きじゃくるアメリアに、ゼルガディスは自分でも不思議に
 思うくらい優しい気持ちになりました。彼女のことが大切に思えました。
  アメリアのために何でもしてやりたい、彼女の喜びは自分にとっても喜びなのだと。
 忘れていたこと――誰かを大切に思うこと――を思い出していました。
  「・・・ごめんなさい、泣いたりして・・・」
  「いや・・・気にするな」
  「おかしいですよね、子供みたいに・・・」
  瞳に涙を残したまま、アメリアがゼルガディスを見上げて言いました。
  そっと指で目の縁をなぞるようにして涙を拭うと、アメリアは顔を真っ赤にして、
  あわててゼルガディスから離れました。
  「あっ、あの・・・・ごめんなさいっ!私・・・・そのっ・・・・・・」
  「あ、ああ・・・・。いや、別に俺は・・・。
  それじゃ、用はこれだけだから・・・邪魔したな・・・・」
  「はっ、はい。・・・おやすみなさい」

  『いよいよ美味しい・・・じゃなくて・・・まずい展開になりましたねぇ。
  これでは、僕が何とかしなければならないようですね。
  アメリアさんに恨みはないですが、これも仕事でしてね。
  ゼルガディスさんは僕が先に目をつけたんですから、早い者勝ちですよ』

                             〜その3へ続く〜



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