【元気娘と魔剣士】

その10

<現れしモノ>


 『ちょっと待ったぁ〜っ!』
威勢のいい声が響き、ふたつの人影が屋敷の屋根の上に現れました。マントをはた
めかせ、まるでヒーロー物のお約束のような登場です。
 「おや、リナさん…と、そちらはどなたでしたっけ」
 「を〜ほっほっほ。この白蛇のナーガを知らないとは、どこの田舎者かしらね」
 「いやぁ〜、まだ人間界のことは調査中でして」
 「ふっ、じゃあ今日からは、調査メモの1ページ目に大きく書いておくことね。
  この私はリナの最強最大のライバル!いえ、リナをも越える……」
ばきっ!
 「んなこと言ってる場合かっ!」
 「…あのぉ〜、ナーガさんが屋根から落ちましたよ」
 「あん?いいのよ、放っといて。あれくらいじゃ死なないから。
  それより!随分と好き勝手にやってくれてるじゃない。このあたしが来たから
  には、これ以上あんたの思い通りにはさせないわよ」
 「これは困りましたねぇ。…では、ゼルガディスさんの方が片付いた後で、ゆっ
  くりあなたのお相手をすると言うのではどうです?」
 「それじゃ遅いわね。アメリアのためにはゼルガディスが必要なのよ。
  そういう訳だから邪魔させてもらうわ!」
そう叫んだかと思うと、アメリア目掛けてリナが飛び降りました。
 「アメリア!いい加減目を醒まさんかいっ!」
どぐわぁしっ!!
落下することにより、程よく(?)加速度の付いたリナの蹴りが、アメリアの顔面に
炸裂しました。勢いよく吹っ飛んだアメリアでしたが、さすがは超合金娘、くっき
り足形を残しながらも起き上がっています。
 「いたたた…。えっ?姉さん、どうしてここに?」
 「よっしゃぁ!ゼロスの呪縛が解けたわね」
 「はっ!そうだわ!ゼルガディスさんっ!!」
身体の自由を取り戻したアメリアは、まっすぐゼルガディスの元へ駆け寄りました。
 「ゼルガディスさん、しっかりしてください!」
 「アメリア…今の蹴りで戻ったのか?(汗)」
 「ええ。ちょっと乱暴だけど、あれくらいはうちでは普通ですから。
  そんなことより、今すぐ復活(リザレクション)をかけますから、動かないで…」
 「俺のことよりヤツを……」
 「あんたがゼルガディスね。あたしはリナ、アメリアの姉よ」
 「ああ、知っている。だが、何故ここに?」
 「そうですよ。こんなに早く来れるなんて、一体どんな手を使ったんです?」
 「そ、そんなことはどうでもいいじゃないの(汗)」
 「を〜ほっほっほ。この私が説明してあげるわ」
相変わらず復活の早いナーガが、横から得意気に話し始めました。
 「あなたが帰った後に、以前、知り合った人がやってるドラゴン牧場へ行って、
  白竜(ホワイトドラゴン)をレンタルしてきたのよ。レンタル料払えなんてバカなこと
  言ってたけど、よぉ〜く話し合ったらタダで使っていいって」
 「姉さんたち、まさか、また力押ししたんじゃ……」
 「や、や〜ねぇ。そんなことないわよ。そりゃ、ちょっとだけ、ナーガのゴーレ
  ムが暴走したけど……」
 「な、何よ。私のせいだって言うの?タダになったんだからいいじゃない」
 「どうしていつもいつもそうなるんですか!姉さんたちのせいで、どれだけ周り
  の人に迷惑が掛かっていると思ってるんです!そんなことでは、いくら悪人を
  倒しても、平和と正義を愛する父さんの娘とは言えませんよっ!!」
 『…言えなくてもいいんだけど…』
 「まあまあ、アメリア。とりあえず今回は急いでたんだからいいじゃない。
  こうやって、あんたたちのピンチに間に合ったことだし、ね」
 「またそうやってうやむやにしようとして!」
 「あのぉ〜…」
 「おい、アメリア…」
姉妹3人のかしましい会話の続く中、ゼルガディスとゼロスの2人がうんざりした
ように声を掛けました、が、、、、。
 「2人とも黙っててください!」
 『…はい……』
有無を言わせぬアメリアの剣幕に、思わず素直に返事をしてしまった2人を後目に、
リナとナーガへの説教は止むことなく続いています。
 「ゼルガディスさん、アメリアさんってスゴイ人だったんですね…」
 「あぁ…俺もまさかここまでとは…。しかし、恐ろしい姉妹だな」
 「全くです。このお嬢さんたち相手では、僕たち魔族でも引いてしまいますよ」
 「ここだけの話だがな、こいつらの父親もスゴイぞ」
 「…そうでしょうねぇ、並の方ではないでしょうね…」
敵同士のはずのゼルガディスとゼロスなのですが、この展開に、3人から少し離れ
た所でコソコソと会話をかわす始末です。
 「アメリアの正義論演説が始まると、多分しばらく終わらないぞ」
 「はぁ、そのようですね…。せっかくの僕の見せ場だったのに…(ガッカリ)」
 「相手が悪かったな」
 「何だか気が殺がれちゃいました。…とは言え、僕も仕事ですから、このまま引
  き下がる訳にもいかないですし」
 「じゃ、あの演説の中に割って入るか?」
 「それはちょっと…(汗)それよりゼルガディスさん、黙って僕と一緒に来て貰う
  と言う案はどうです?そうしたら一番丸く納まると思うのですが」
 「却下」
 「やっぱりそうですよねぇ。…どうしましょう?」
 「俺に聞くな!」

 「ちょっとあんたたち!そんな所で何馴れ合ってんのよ!」
アメリアの演説から逃れようとしたリナが、目ざとく男2人に気付きました。
 「アメリア!あたしたちに説教するより、あいつを何とかする方が先でしょ!」
 「はっ!その通りですね!ゼルガディスさん、早くその生ゴミ魔族から離れてく
  ださい!」
3人の視線が一斉に向けられ、ゼルガディスは肩をすくめるようなポーズで、片や
ゼロスは、やれやれと言った表情で彼女たちに応えました。
 「ゼロスさん、世のため人のため、正義のために、あなたを退治します!」
 「退治…って……。僕はゴキブリですか(汗)」
 「似たようなものです!」
 「を〜ほっほっほ!この白蛇のナーガが、きっちりカタをつけてあげるわ!」
 「あんた自身に恨みは無いけど、アメリアの将来のためにも、あたしのストレス
  解消のためにも容赦はしないわ。行くわよ!ナーガ、アメリア!」
 「はいっ!アメリア、烈閃槍(エルメキア・ランス)行きますっ!」
ゼロスの正面へと駆け出すと、光の槍を打ち出しました。ゼロスは、難なくそれを
避けましたが、上からナーガの魔法が襲いかかります。
 「螺光衝霊弾(フェルザレ-ド)!」
しかし、あっさり弾き返し、やる気の無さそうな顔でふわふわと宙に浮かんでいま
した。
 「ふっ、なかなかやるじゃないの」
 「こんなとぼけた顔してても、さすがは獣神官ってことね。…んじゃ、デカイの
  行くわよぉ〜」
…黄昏よりも昏きもの 血の流れより紅きもの…
…時の流れに埋もれし 偉大なる汝の名において…
…我ここに 闇に誓わん 我等が前に立ち塞がりし…
…すべての愚かなるものに 我と汝が力もて…
…等しく滅びを与えんことを!…
 「竜破斬(ドラグ・スレイブ)!」
赤い火線がゼロス目掛けて走り、大音響と共に辺り一帯が爆発に包まれました。
森の木々は吹き飛び、屋敷は瓦礫となって降り注ぎました。濛々と撒き起こる土煙
が収まった後に、ゼロスの姿はありませんでした。
 「やりましたね!姉さん!」
 「…屋敷ごとぶっ飛ばしやがった……!」
 「いやぁ〜、さすがはリナさん。完璧な竜破斬(ドラグ・スレイブ)ですね」
 『ゼロス!』
屋敷を破壊されて青ざめるゼルガディスの横に、いつの間にやら、ちゃっかりゼロ
スが立っていました。よく見ると、しっかりゼルガディスの腕をつかんでいます。
 「あなた方のお相手をするのも悪くないのですが、僕も急いでますので、当初の
  予定通り、ゼルガディスさんをいただいていきます」
 「お、おい!この手を離せ!気色悪い!」
 「そんな、思い切り嫌がらなくてもいいじゃないですか。(はぁと)」
 「嫌がるわっ!!」
 「まぁまぁ、そう照れなくても…」
傍から見てると、とても高位魔族とは見えないその姿に、3人は唖然とするばかり
でした。
 「ゼロスさんって…ゼロスさんって……!」
 「こいつ、ホントに獣神官かい…(汗)」
 「ふっ、これじゃただのおかっぱホ○だわね」
ジタバタしているゼルガディスと、迫っているとしか見えないゼロスに石でも投げ
てやろうかと姉妹が思ったときでした。一瞬にして総毛立つ程の、凄まじい魔力を
感じました。と、同時にゼロスの動きがぴたりと止まりました。目の前に一人の女
性が現れたのです。
 「ま、まさか…」
長い金の髪を無造作になびかせ、白い肩をあらわにした黒のビスチェ風のドレス。
ゼロスに向かい、魅惑的な赤い唇がゆっくりと開きました。
 「ゼロス、あたしの命令を忘れてる訳じゃないわよねぇ」
 「も、勿論です(汗)」
 「そのキメラの坊やは、あたしが目を付けてるってことも?」
 「は、はい。ですから、こうやって彼をお連れしようとしている訳でして…」
 「その割には、何だか楽しそうに見えるけど、あたしの気のせいかしらねぇ」
 「とんでもありません。ご命令を遂行しようとするあまりのことです」
冷や汗を流しながら必死に答えているゼロスを横目に、その女性はゼルガディスに
近付くと、にっこり笑って言いました。
 「ゼルガディスって言うのね。ん〜、カワイイ(ハァト)。あたしと一緒に来れば、
  今迄よりも、もっと強い力をあなたにあげるわよ」
 「ちょっと待ってください!」
 「何なの、この小娘は?」
 「小娘って……、私にはちゃんとアメリアって名前があります!あなたこそ突然
  出てきて勝手なこと言わないでください、オバサン!」
ぴくっ!女性のこめかみに青筋が浮かびました。
 「お、オバサンですって……」
 「アメリアさん、この方は僕の上司、つまり獣王ゼラス・メタリオム様です〜。
  その言い方はちょっとマズイですよ(汗)」
しかし、アメリアは怯みません。それどころか、いちだんと声も高らかに言い放ち
ました。
 「本当に獣王なら、すごい年寄りじゃないですか。オバサンと言って何が悪いん
  です!?ゼルガディスさんは、あなたのものになんかなりません!」
 「この、小娘〜っ!よくもあたしに向かってオバサンなとどほざいたわね。
  赤眼の魔王(ルビー・アイ)様腹心の獣王ゼラス・メタリオムに、人間風情が大口叩
  くと、どう言う目に遭うか思い知らせてあげるわ!」
言葉と同時に、獣王の全身を闇のようなオーラが包みました。
 「げ、こりゃヤバイわ。アメリア、逃げて!」
リナが叫びました。
 「逃がさないわよ!自分の軽口を後悔するのね」
獣王が手を上げ、形の良い赤い爪から光の帯が走りました。軽くサイドステップを
踏み、横へ避けようとしたアメリアでしたが、光の帯は彼女を貫こうと、まるで後
を追うかのようにその軌道を自在に変えていきました。
 「アメリアっ!!」
それを見たゼルガディスが、庇うようにアメリアの前に立ちふさがりました。
どむっ!
光の帯が腹部中央辺りに突き刺さりました。岩の肌と共に体組織が飛び散り、鮮血
がほとばしりました。いくら彼でも致命的な傷でした。
 「ゼルガディス、さん……」
衝撃で後ろに倒れ込むゼルガディスを抱きとめたものの、支えきれずに、アメリア
も地面に崩れ落ちました。
 「無事か…?」
 「ゼルガディスさん、どうして…」
 「言っただろう?何があっても、おまえだけは守る…って……」
アメリアは頷きました。彼の手を握り、見つめるその笑顔が青ざめていました。
 「二度と離れるな、とも言ったでしょ?だからずっと一緒です」
 「アメリア…?」
ゼルガディスは生温かい液体が、握った手から伝わってきたことに気付きました。
それは、アメリアの肩、いえ、首に近い部分から流れ出す血でした。キメラの固い
肌と言えど、獣王の魔力は彼を貫通し、アメリアの身体まで傷付けていたのです。
 「…止められなかったのか…すまない、守ってやれなかったな…」
 「いえ、いいんです。私一人残されるより…こうなった方が……。ゼルガディス
  さんと一緒に居られる方が…ずっと、いい、から……」
途切れ途切れの言葉を残して、アメリアは意識を失いました。
ゼルガディスは僅かに残った力で上半身を起こすと、彼女を胸の中に抱き寄せ、、
静かに目を閉じたのです。

 「アメリア!!ゼルガディス!!」
悲痛な叫びを上げて、リナが2人に駆け寄りました。
(2人の大出血を目の当たりにしたナーガは、既にぶっ倒れていました)
 「2人ともしっかりして!」
 「あーらら、あの坊やが、あんな小娘を庇いに出てくるとは思わなかったわねぇ。
  もったいないことしちゃったじゃない」
 「獣王様、ゼルガディスさんとアメリアさんはそういう仲でして……」
 「あん?それはあんたの報告で聞いてたわよ。だから、小娘をさっさと始末しな
  さいって言ったじゃないの。あたしの好みのタイプだし、魔族向きだって言う
  から期待してたのよ、彼には」
 「はあ、申し訳ありません」
 「……ちょっと、あんたらねぇ……」
 「は?リナさん、何か?」
 「人の命を何だと思ってんのよ。人間はねぇ、あんたたちなんかのおもちゃじゃ
  無いのよ…!」
 「ふぅん、おまえがリナ・インバースね。人間にしてはかなりの魔力があるけど
  あたしのような高位魔族には無駄なあがきよ」
 「無駄かどうか、やってやろうじゃないの。このリナ・インバース、最終最強の
  魔法でね!」
…闇よりもなお昏きもの 夜よりもなお深きもの…
…混沌の海よ たゆたいし存在 金色なりし闇の王…
 「そ、その呪文は…!」
リナの呪文詠唱を聞き、獣王とゼロスの顔色が変わりました。
先程までの余裕が消えて、焦りのようなものさえ出ていたのです。
…我ここに 汝に願う  我ここに 汝に誓う…
 「まさか……人間があの方の力を使うなんてことが出来るはずが……!」
…我が前に立ち塞がりし すべての愚かなるものに…
…我と汝が力もて  等しく滅びを与えんことを!…
 「重破斬(ギガ・スレイブ)!」
リナの周りに広がった闇が、伸ばした掌にゆっくりと収束していきました。やがて、
それは丸い球になり、同時にリナの髪が金色に輝き始めました。
 「あ、あなたは…!」
獣王の声は震え、動くことも出来ずに立ちすくむばかりでした。
 「我を目覚めさしたる者の意志、強く純粋故に、我はここに在る。この者の願い、
  汝を封じること、また、死にゆくふたつの魂を呼び醒ますこと」
 「そんな!何故、そのような人間風情の願いに応えるのですか!」
 「我は全ての闇の母、混沌の海に眠りし存在…。強き意志を持ちたる者だけが、
  我を眠りより解き放つ」
 「ですが…!」
 「暫しの間、汝を封じる。闇の褥へと帰るが良い」
その言葉が終わるや否や、『彼女』の手から放たれた闇と共に、獣王の姿は何処と
もなく消え去りました。残されたゼロスに向かい、再び『彼女』が口を開きました。
 「汝に対してのこの者の意志は特に無い。どこへなりと去るが良い」
 「…そうですね。獣王様が封じられたとなっては、僕の仕事は、これで終わりと
  言うことでしょう。しばらくは人界にでも紛れ込んで、大人しくしていること
  にしましょう」
そう言って、ゼロスは姿を消しました。
 「全く、手間を掛けさせてくれるものよね、魔族も人間も……。
  …っと、おしゃべり言葉に戻っちゃったい(汗)ま、いっか。どうせ誰も聞いて
  ないんだから。さて、死にかけの2人をちょいちょいっと…。(こんな簡単で
  いーのだろぉか)んじゃ、帰ってまた寝るとすっかぁ!」

どれくらい時間が経った頃でしょう。リナが気付くと、獣王もゼロスも姿はなく、
ぶっ倒れたままのナーガと、重なり合うように倒れているゼルガディスとアメリア
だけがその場にいました。慌てて2人を見ると、流れ出していた血は止まり、呼吸
も安定していて、静かに眠っているようでした。傍に近付くと、気配を感じたのか、
ゼルガディスが薄く目を開きました。
 「目が醒めた?」
 「ああ、これはどういうことだ?あの傷で助かるはずが…。アメリア!?」
 「心配しなくても、アメリアも大丈夫よ。とは言っても、しばらくは2人とも、
  完全休養しなくちゃね」
 「一体、何がどうなったんだ?ゼロスは?獣王は?」
 「さあね。2人ともどっか行っちゃったみたいよ。何でかなんて聞かないでよ。
  知らない方が幸せなこともあるんだから。(ウインク)
  ……ほら、ナーガ!いつまでぶっ倒れてんのよ!片付いたから帰るわよ!」
 「リナ!」
 「ん?」
 「よくはわからんが……多分、助かったのはあんたの力なんだろうな」
 「いいってことよ。お礼は後払いでいいからね!」
 「ま、まぁ、それはともかく……。感謝する、ありがとう」

 〜その11へ続く〜


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