SHOCK
    (1999,9,9) なゆたさんのHP”KANATA”に掲載されてる長編SS「贖罪のとき」を読了しだ日。
 面白かった。と同時に脱帽、脱力、落涙…おかしな言い方かもしれないが、QP/DIANAさんの
 ”合成獣彷徨奇譚”を読んだときと同じくらいのショック。
 後者はゼルのプレ・スレイヤーズ(無印)の物語で、前者はポスト・スレイヤーズTRYの物語。

 (まだ、なゆたさんの長編SSを読まれてない方は、この先は読まれない方がいいと思います。
























 (あまり詳しく書いてないつもりですが。)

 同じアニメの同じキャラクターのとりことなった者としては、イメージが重なるのは当たり前…とはいえ。
 そこには、私が彼の解呪の話を書くなら用いたいと思っていたいくつかの「式」が、織り込まれていた。
 ゼルの解呪にはこうゆうセオリーが使われなくてはと感じたのは、私だけではなかったということで、
 ほっとする気持ちと先をこされたような気分と。


その「式」は

<心が癒されれば、身体も癒される(元の姿に戻る)>

<傷をつけた者が、その傷を癒す>

<キメラから人間の姿に変わる話の前に、人間の姿であった頃の話へのフィードバックがある>

<呪いを解くカギは、彼自身の中にある> など


私は、ゼルの体は、「親が子にかけた呪い(支配)とその結果としての病い」と読み替えている。
だから、解呪の物語には、彼の「呪い=心の病」 が解ければ(癒されれば)、身体の病も治る、
つまりゼルが人間の身体を取り戻す、という式が隠蔽された話でなければならないと思っている。

これは、TORAUMA (現在に影響を及ぼす体験、心の傷 )を自分の過去の物語の一章として
構築しなおすこと(過去は変えられないが、その意味付けは変えられる)に似ている。

聖者でもなく魔でもない(いや、聖者であるも魔も宿し…かな)育ての親の全体性、光と闇(病み)が
養い親に同居していたことを理解することが、彼に与えられた課題の一つ。

 私は、ゼルの物語の始まりを、「育ての親と子どもという関係性のなかで受けたキズ」とみてしまった。
「野心を利用された」だけなら、身内である必要はないし、『物語』には本来、無駄な設定はない。

 だから私にとっては、ゼルにかけられた魔法の解き方も、アメリアとの恋愛がほとんど
発展しない(可能性だけ残した)ままに終わってしまった理由も、恋愛を進展させるための
条件も、すべてそのコードを下敷きにしたものでなくてはならない。


 アメリアには<親殺し>の物語が
 ゼルには<親との和解>の物語が
 二人が恋愛を始める前に必要だ
 
 でなければ二人とも、親の引力圏内から出られない子どものまま


スレイ(無印)を見たとき、リナの「 レゾの良心が、シャブラニグドゥを
押さえてくれた」という言葉を、私はこれっぽっちも信じなかった。
 
「うそだろう?それはちょっと”御都合主義”とゆうものではないのかい」 と。
魔王がリナ,ガウリィ,ゼルの力だけでは倒せなかったほど巨大な敵だったと言わんがための
方便のような、とってつけた言葉のように感じた。

    (ほかの方はどうなんだろう?素直に納得できたのかな?)

そして「どうして私はゼルに惹かれるのか?」という謎解きが始まり、
〜どうしてゼルは”ザングルス”にならなかったんだろう?”人間不信の一匹狼”が
幹部なんて張れるわけがないじゃないか!と。
(他人を基本的に信頼できないものと見ていて、なおかつある程度有能なやつは、
リーダーの座についたところで、他人(ひと)に仕事をふることが出来ない、自分のとこに仕事をかき集め、
くたびれ、ますます周りを信頼できないものと見なして逆恨みし、疲れ果ててしまう、はは。
「他人は基本的に信頼できる」とみなす人間の方が、そうでない人間よりも、相手が信頼出来る人間か
どうかを見ぬく力があるというデータもあるそうだ)

〜そして、レゾの良心が、ちびゼルを育てていた時期があったはずだと。


 症例的には、自分を圧迫(呪縛)している親を、心の底ではそうと認めながらも、いや、そんな事があるはずが
ない、そんなことを認めてはいけないと、自分を押さえ込んだりしている場合に、脅迫神経症という形で表れたり
する例が「ものぐさ精神分析」に詳しい。(これは著者自身の解呪の物語であるが、他人事じゃなかった。)
 
 それで
 あ、その逆があったっていいじゃないか!と、愛された子どもであった自分を閉じ込めているゼルを見つけた。
ユング式にいえば (?) インナーチャイルド(内的子ども)が抑圧されているはずだと。
これはそう、QPさんが名づけたところの”黄金の心臓”

レゾの良心に気がついてからの一時期、彼を思うと心が泣いてばかりいた(笑)


 私にとってのゼルは、レゾの良心が魔王を押さえたというリナの言葉をまだ信じていない。
 せいぜい半信半疑だ。私が信じていなかったから。
 あるいは、ゼルが信じていなかったものを、私が信じられるわけがなかった。(ひらきなおり)


だから、ゼルがレゾの良心を信じるための物語があってほしい。
(私にとってはそれは「無印」を補完する、リナの言葉を信じるための物語でもある)
(「なんでいまさらレゾが出てくるんだ!!」と、ゼルは怒るだろうけど)

また、さがしていた青い鳥発見の物語のお約束のコードとしても、
魔法を解くカギは、彼の中にあるか、彼自身がカギであるはずだと。

高く飛びあがるまえには、一度低くかがまなければならないし、遠くまで跳ぶ前には一度
より後ろまで下がらなくてはならない。
作劇上、過去へとシフトして人間の姿であった頃の彼との連続性を縫い付ける。
そうしないと、人間に戻った彼を彼であると受け入れるのが難しい。
野獣がベルのキスで王子様に戻るのがしらけてしまうのは、人間であった過去が見えず唐突だから。


そんなこんなの理屈先行・イメージちらほら・エピソードぱらり… 私にとって彼の解呪は未生の物語
だから「 贖罪の時 」を読んだときは、わくわくどきどき…(とても面白かった!)
と、同時に「物語」の周辺を落穂拾いよろしく徘徊し、切れ端を見つけては我田引水の解釈を試みる身が…脱力…

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