【元気娘と魔剣士】

その1


                  <はじまり>
昔々のお話です。
海のそばのにぎやかな港町に、大金持ちの商人がいました。商人には娘が三人い
ました。娘たちはなかなかの器量好しでしたが、上の二人は地道な商売を嫌っていて 
いつも二人でフラリと出かけていっては、いろいろな魔道書や魔道器、金貨や銀貨
などを持ち帰っていました。そうかと思えば、町外れでいきなり大爆発を起こしたり、
訳のわからないゴーレムが暴れたり、、、。父親の商人は鷹揚な人でしたので、それ
ほど気にせず笑い飛ばしていましたが、町の住人にとってはいい迷惑だったかもしれ
ません。でも、末娘のアメリアだけは、姉二人に較べれば普通でした。
(あくまでも、二人と較べて、ですよ)
父親を助け、店の掃除をしたり、市場へ買い物に出かけたりの働き者。
いつも明るい元気な笑顔をしたアメリアは、町でも人気者でした。
そんな彼女に結婚を申し込む若者は何人もいたのですが、アメリアはていねいに、
 でも、はっきりと断りの言葉を告げました。
「私はまだ若すぎますし、それに、まだ父さんと一緒にいたいんです」
アメリアは父親が大好きでした。小さな頃から誰よりも可愛がってくれた大きな手。
母親が早くに亡くなっていたので、彼女は誰よりも父親が大切でした。

突然、穏やかな毎日は終わりを迎えました。商人の仕入れた品物を積んだ船が、
嵐で沈没してしまったのです。大きな店も立派な屋敷も、何もかも失ってしまいま
した。家族はみんな、町から外れた小さな家を借りて生活することになりました。
今までのように贅沢はできません。父親は娘たちを不憫に思い、一生懸命に畑を
耕しました。アメリアもお日さまと一緒に起き出して、家の掃除をし、家族の食事を
作りました。糸紡ぎをしながら歌を歌い、好きな本を読んで毎日過ごしていました。
姉たちといえば、お昼前にやっと起き出してきても、何一つ手伝おうとしないで、
今の生活の愚痴ばかり。そればかりか、アメリアにこんなことを言っていました。
「ねぇ、アメリア。あんた平気なの?こんな地道な生活、いい加減やめてさぁ、
あたしたちと一緒にやんない?」
「そうよ、あんたは鈍いから平気だろうけど、あたしはもう、うんざり」
「・・・・姉さんたちが何をやってるのか、気付いてないと思ってるんですか・・・?」
「えっ・・・。それは、その・・・・」
「を〜っほっほっほっほ!あんたが気付いていようと私はやめなくってよ!」
「威張ってどーする!」(げしっ!)
「まぁ、盗賊いぢめするのは正義だとしても、妖しい魔法の実験だけはやめて欲
しいって、町のみんなが言ってましたよ」(じろっ)
「まあまあ、アメリア・・・・」
「とにかく、私は姉さんたちとは違うんです。家族みんなが仲良く一緒に暮らす、
それだけでも十分幸せじゃないですか!」
姉たちはあきれたような顔をしていましたが、アメリアは気にしませんでした。
お金持ちじゃなくなっても、彼女は何が大切なのかをわかっていたからです。



                                            <魔剣士>

町外れの小さな家に住むようになってから、1年ほどたったある日のことでした。
父親宛てに一通の手紙が届きました。手紙には、嵐で沈んでしまった船の一隻が、
奇跡的に港へ戻ったという知らせが書いてありました。このニュースを聞いて、二人
の姉は大喜び。父親が出掛ける支度をしているところに来て、あれもこれもとお土産
を頼むのでした。
「ねぇねぇお父さん、あたし、今評判の焼肉お持ち帰りセット大盛りね」
「あたしは当然お・さ・け。瓶じゃなくて樽でね(はぁと)」
「あぁ、わかったわかった。おまえたちの欲しい物を買ってこよう。
・・・・・アメリア、おまえは何を買ってきて欲しいのかね?」
「私、今欲しいものはこれといってないからいいわ。父さんが無事に帰ってきて
くれたら、それがいちばんのお土産だもの」
「だが、姉さんたちにあって、おまえに何もないのは・・・・・」
「それなら、バラの花を一本お土産に持って帰ってきてね。ここにはバラがない
から、それを育ててたくさん咲かせたいわ」
「そうかい。では必ず持って帰ろう。三人とも留守を頼んだぞ」
そう言って、商人は出かけていきました。
ところが、町の港へ着いてみると、確かに船は戻ってきてはいるものの、積荷の品
物はほとんどなくなっていたのです。商人の店がつぶれたのを知った船員たちが、
自分たちの給料代わりと、勝手に持ち出して売り飛ばしてしまっていたのです。
わずかに残った物も、ボロボロになった船を処分するために使わなければならなく
なり、結局、何一つ得る物のないまま家に帰らなければなりませんでした。
すっかり気落ちした商人は、重い足取りで家路についたのですが、途中の大きな森
の中で、すっかり道に迷ってしまいました。昨日から吹き荒れる風と、振り続く雪のせ
いで、馬にも乗っていられないほどです。
やがて、辺りはすっかり夜のとばりに覆われてしまいました。商人が、寒さと空腹
のために、もう死んでしまうのかと思ったとき、行く手の木立の間に明かりが見えた
のです。急いで明かりを目指し歩いて行くと、高い塀に囲まれた、まるでお城のよう
な大きな屋敷が建っていました。立派な鉄の門の間からのぞき込んだのですが、中
庭には人の姿はありません。仕方なく商人は門を開け、中へ入りました。乗ってきた
馬を門の右手にある厩(ウマヤ)へつなぎ、屋敷の方へ歩いて行きました。
古びた樫の大扉には呼び鈴も何もなかったので、手で扉を叩きながら言いました。
「旅の者ですが、雪のために道に迷ってしまいました。一夜の宿を貸してもらえ
んでしょうか?」
しかし、何度大声で叫んでも、誰の返事もありません。困った商人がそっと扉を押
すと、鍵はかかっておらず、迎え入れるように扉は開いたのでした。
屋敷の中に入った商人がおそるおそる奥へと進んでいくと、どこからかいい匂いが
します。匂いをたどって入った部屋は食堂でした。暖炉には明々と炎が燃えていて、
大きなテーブルの上には美味しそうなごちそうがどっさり。空腹だった商人は、神に
感謝をささげお腹一杯になるまで食べたのでした。やがて、疲れのせいか、すっかり
眠くなってしまったので、食堂の隣の部屋にあったベッドに入り、ぐっすりと眠り込ん
でしまいました。

翌朝目を覚ますと、昨日までの雪はやんで、明るい陽射しがさしていました。
食堂に行くと、朝食の支度が出来ていました。商人はお茶を飲み終わると、誰かが
いないかと屋敷の中を探しましたが、昨日と同じで誰の姿もありません。お礼を言
おうと思ったのですが、これ以上どうしようもないことですし、一刻も早く、家に帰り
たかったのでこのまま出て行くことにしました。屋敷の外に出て、厩へ向かう途中
に小さな温室があるのに気付きました。昨日は雪で見えなかったのですが、中には
色とりどりのバラが咲き乱れていました。
『バラの花を一本お土産に持って帰ってきてね』
アメリアの言葉を思い出した商人は、娘のために、少し開きかけたピンクのバラを
一本折りました。
そのときです。突然、ものすごい音が鳴り響き、辺りは舞い上がった土煙で包まれ
ました。驚いた商人の前に、土煙の中から白い人影が現れました。
「恩知らずなヤツだな」
声の主が、自分の目の前に立ち止まったとき、商人は気が遠くなるほどびっくりし
ました。髪が金属のように光を弾き、耳は昔話の妖精のように尖っていたし、何よりも、
青黒い肌は、まるで岩のようだったのです。白い貫頭衣に白いマント、腰には剣を
帯びており、形こそ普通の人間とそう変わらないように見えたのですが、感情の
ない冷たい声と鋭い目付きに商人は震え上がりました。
『何てことだ!ここは、残酷と名高い魔剣士ゼルガディスの屋敷だったのか!』
「道に迷った哀れなおまえに、食事とベッドを与えてやった礼がこれか・・・・。
このバラは、俺が何よりも大事にしているものだ。それをおまえは盗み出そう
とするとはな。この過ちは、おまえの命をもって償わせてやろう」
商人は膝をつき、両手を組み合わせて言いました。
「どうか許してください。バラを折ったのは、わしの娘の一人が欲しがっていた
のを思い出したからなのです。仕事が上手くいかなかったせいで、娘たちへの
土産が何もないのです」
「おまえの事情など、俺には関係ないことだ。おまえは俺のバラを折った。
それだけが俺にとっての事実だ」
「そ、そんな・・・」
「さあ、この剣で斬られて死ぬのがいいか、それとも魔法で吹き飛ばされる方が
いいか、おまえの好きなやり方で殺してやる」
そう言うと、ゼルガディスは剣を抜き放ち、商人の顔の前に突きつけました。商人は、
観念して目を閉じました。娘たちの顔を思い浮かべながら、、、。
「・・・おまえ、娘がいると言ったな?」
「はぁ?」
ゼルガディスの突然の問いかけに、裏返った声で商人は答えました。
「む、娘は三人おりますが・・・・それが何か・・・・?」
「そうだな・・・・。おまえの娘たちのうち、誰か一人がここへ来て、おまえの代わ
りになると言うのなら、おまえを許してやろう。だが、もし誰も代わりをしな
ければ、そのときはおまえは命を落とすことになる」
「なぜ、娘を・・・?」
「そりゃあ俺だって、むさくるしいオッサンを斬るより、若い娘をどうこうする
方がいいに決まってるじゃないか」(ぴーす)
「あのぉ〜?」
「・・・・・コホン。・・・・とにかく!おまえに10日間の猶予をやる。その間におまえが
死にに来るなり、娘をよこすなり、好きに決めればいい。」
「しかし・・・」
「さて、話は決まったな。とっとと失せろ」
そう言うとゼルガディスは商人に背中を向け、さっさと屋敷に入ってしまいました。
一人残された商人はしばらくその場で立ちすくんでいましたが、頭をひとつ振って
馬を引き出し、家路につきました。大きなため息を残して、、、。          


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