i) 彼が彼女のためにキメラの身体を失い、人間の身体で目覚めたときの記憶


うっすらと意識が回復したとき、その身体のあまりの軽さに驚いた
それでいて小指の一本すら動かなかった
いや、動かすのがこわかった
その瞬間、崩れ落ちてしまいそうな
もろい現実のような気がして

誰かの懐に抱かれたまま、目は堅く閉じ。
力の入らない肢体を、微動だにできずにいた

永い夢から覚めたような気がした
それとも
夢から覚めた夢を見ているのか
わからなかった
  
           
                〃〃
確かなのは、自分があの身体を失ったということ

(首筋ニ 汗ガ ニジム )
( …コレハ 本当ニ 俺ノ 身体 ナノカ?)

「 …ゼル?」 (…ア、自称”天才美少女魔道士”ノ声ダ)
「… ゼル、だよな? 」( …ソイツニ ”クラゲ頭”ト呼バレテイル男ノ 声ダ)

(ソノ問イニ 答エテホシイノハ、コッチノホウダ…)

ゆっくりと五感が戻ってきて
自分が誰の胸に抱かれているのかを知った
「 ゼルガディスさん…よかった…戻ってきてくれて…」
彼女の涙がはらはらと
額に 頬に 落ちた 熱かった
(彼女ハ 俺ヲ 抱キシメル)
黄泉路から自分を呼び戻したのは、彼女だった

                       
声にならない声で、彼女に語りかけていた

「あんたにずっと話したかった物語がある」と

育ての親に呪いをかけられた男の話を

その男が何を考え、どうやって生きてきたのか
誰と出会い、どう変わっていったのか
彼が自分を取り戻すまでの話を

彼が戸惑いながらも、引き寄せられずにいられなかった少女のことを
彼が旅の間、彼女のアミュレットを水筒に結んでいたこと
そして彼が彼女とともに生きたいと思っていることを

彼女に語りたいたくさんの話があることを、彼女に伝えたかった
                       

声にならない思いとまだ休息を必要とする身体
まどろみのなかに溶けていく思考

(彼はかろうじて小さくつぶやくと、再び眠りに落ちた)
(彼女だけがその言葉を耳にして、頬を染めた)

                  「愛してる 永遠に」

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