SOURCE OF PARODY
パロディのもとネタ
Please look the photograph of this monster's modelEnglish Science & Technology Gallery Japanese 日立ナノアートギャラリーのパート2の「笑うピコプランクトン」 |
| 「私の正体が分かるかな、はっはっは」と高笑いしているような顔は電子顕微鏡がとらえた植物プランクトン「パルマ藻」だ。海洋バイオテクノロジー研究所(岩手県釜石市)の河地正伸さんらが撮影し、「笑うピコプランクトン」と名付けた。兵庫県尼崎市で開かれた日本電子顕微鏡学会の写真コンクールで優秀賞に選ばれた。パルマ藻は直径3マイクロメートル(1マイクロメートルは100万分の1メートル)で、北極や南極などの冷たい海に生息している。役20年前に発見されたが培養に成功した例がなく、”正体不明”だという。」 1997年5月28日の(朝日か読売)新聞 夕刊より |
(こんなネタばらしをするとがっかりする方がいるかもしれない...?)
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Lewis = Carroll Anthony = Browne illustration Alice in Wonder land ( 1988 ) left pic is imitation by kurume ちびゼルたちが降りていくシーンは,ルイスキャロルの「不思議の国のアリス」(アンソニーブラウン:絵)の左の絵が下敷き。 (注/左の絵は本のコピーではなく私の模写) |
Japanese
つれづれ文
| 私は絵本に造詣が深いとかいうわけではまったくないです。 「本の花束」という書評誌に「写真とイラストでたどる子どもの本の歴史」(柏書房/9500円)というのが紹介されていて、そこに45mm×70mmで上のイラストが転載されていまして、見たとたん「あっ、これを ちびゼルで描いてみたい」と思ったのでした。(病気だ) ご覧のとおり、オブジェをそっくり写し取ってゼルの絵を描いたわけではないものの、描いたあとで、書評誌の上では印刷がつぶれて見えなかった細部を見たくなり、図書館に行って「子どもの本の歴史」を探すと、(さすが高価希少本だけあって)貸し出し禁止の資料室にあった。で、資料室でざっと模写したのが上の絵。私はゼルの絵の右下の方の箱に鍵を描いていた。書評誌の上ではつぶれて見えなかったが、アンソニー=ブラウンも右下に炎に包まれたような鍵を描いていたのがわかったので、なんだかもう、苦笑した。 アンソニー=ブラウンの描いたアリスの本は探さなかったので、はたして、アリスが降りた場所とちびゼルたちが降りた処が似ているかどうかはわからない。 ちびゼルたちが降りた処はどこか。 「深層」などというありきたりな言葉に変換してしまうのもナンだけど。 あの棚のところどころの奥はそれぞれ別の場所への通路になっていると思う。棚にはオブジェが置いてあったり、何かが閉じ込めてあったり、小人さんたちが働いていたりする。 あそこは”人外魔境”でも、あるいは”記憶の棚”でも何と思ってもらってもいいです。何でも。 ”記憶の棚”などという言葉を思いついたのは、田口ランディのコラムマガジン(2002、、3,04)で、「引きこもり」についてのファイルを読んだからで、そこでいう引きこもりの人達の場合の「過去がない」という状態は、絵にするなら、いくつもの棚はどこもからっぽで何も置かれてない状態なのではなかろうか。 |
![]() 「ミルククローゼット」(富沢ひとし/講談社アフタヌーンKC)の人や物体がぱらぱらとした破片で分解したり構成されたりするところがなにか、こわいけれどひかれる。 ずいぶん前のSF映画で、小さな切片のような画面が次々集まって一人の人間が構成されていくシーンがあったように思うので、それを下敷きにした演出かと思っていた。 今思うと、あの切片というのは、その人を構成する記憶の数々ではないかと思う。無数のメモリの集合体としてのヒト。 |
小人さんたちの棲む処 誰でも、自分で自分の心臓を休みなく動かしているわけではないし、毎月きちんと排卵を起こすよう臓器に命令を出しているわけではないし、足を踏まれた痛みを瞬時に脳に伝える神経細胞の走行すら意識する人はいないだろう。 まれに授かるインスピレーションがどこから来たのか、どうやって捕まえたのかも覚えてない。ごくたまに顔を出すやる気や根気は普段はどこかで昼寝をしているようだがその隠れ家を私は知らない。子どものときに見たマンガの絵が脳のどこに保存されてるのかは知らないが記憶を漁ってあれやこれや関連するものをひっぱりだしてきてくれる小人さんたちがいる。 いっしょうけんめい休みなく働いている小人さんもいれば、おねしょした布団のそばでずっと泣いている記憶という名の小人さんもいる。大事なものをいつもきゅっきゅと磨いているよう小人もいれば昼寝してる小人もいる。 「ディスコミュニケーション」の植芝理一だったか、「マンガは自分が寝ている間に小人さんたちがやってきて描いてくれるんです」てなことを書いていた。”自分ではなく小人さんがきて描いているのだ”という、自分で言ったそのフレーズが気に入っているとも。 川原泉の身辺雑記マンガ「小人たちが騒ぐので」の「小人たち」も同じ種類の「小人」ではないかと思う。たまに出てくる丸顔に細目、ちんまりボディの灰色の小人、リトル・グレイは、作者の代理であり分身である。 わたしンちの小人さんたちは、ほとんどはなまけもの。「なんとかして続きを描かなくては」とヤル気のあるのは少数派で、いつも多数派から迫害されている。 「1円にもならないことを」「誰のために」「何のために」「 あーだ こーだ やいやい」「早く寝ろ!」 (しくしくしく) (というわけで) (おやすみなさい ) |

(02,08,09)